2019年1月27日日曜日

暗雲 2 1 - 7

 遺伝子管理局長ローガン・ハイネ・ドーマーは女性誕生の鍵が発見されたことも、ドームがやがて用済みになるだろうことも、その日は全く考えなかった。全く別件で気分の悪いニュースを聞かされたからだ。
 彼は久しぶりに送迎フロア横の面談スペースで外の世界から来た客人と会っていた。相手はアメリカ連邦捜査局の副局長マイケル・ケントだった。ケントはハイネにプリンスエドワーズ島の海岸で発見された人間の腐乱死体の画像を見せた。もし執政官が立ち会っていたら、遺伝子管理局長にそんな汚れた物を見せるなど以ての外と止めたであろう。しかしハイネはその不愉快極まる物をじっと正視した。

「これが、先日トロントのクローン保護収容施設からテロリストFOKに連れ去られたクローンの少年だと仰るのですね?」
「そうです。トロントの遺伝子管理局支局がDNA確認をしました。」

 ケントは初めてハイネと面会して緊張していた。神秘的なドームの奥深くに本部を置く遺伝子管理局は連邦政府の施設で働く人間にとって、正体がよくわからない「同胞」だ。局員達は皆謎めいており、ドームの外で2日しか活動しない。仲間同士の結束が固くまるで兄弟のようだ。しかし仲間以外の人間に対しては警戒心が強く、あまり親しい関係を作りたがらない。その局員のリーダーである遺伝子管理局長は、地球人の誕生・死亡を公認する仕事をしている。実際のところハイネは南北大陸から送られてくる報告に承認署名を入れて記録するだけの仕事をしているのだが、外の人間達はハイネの署名で人間の生死が決まるような印象を抱いている。だから、純白の髪と美しい容姿の彼を見たマイケル・ケントは神様に出会った様な気分になっていたのだ。
 ハイネはケントが出した検視報告に目を通した。そして眉を顰めた。

「死体には脳がなかったと書いてありますが?」
「ええ、腐乱していますが、頭蓋を開いて脳を取り出した形跡があると検屍官が確認しました。」
「FOKは、クローン解放を謳っていると聞きましたが?」
「紛い物のテロリストです。」

とケントが言い切った。

「テロリストは奴らなりの大義があります。しかし、この死体を見る限り、犠牲者が連中の保護を受けたのでないことは明白です。逆らって拷問されたかと思いましたが、その様な形跡はなかったと検屍官は言いました。頭蓋の切開跡が綺麗なので、外科医の仕事だと思われます。」

 ハイネが視線を上げてケントを見たので、連邦捜査局の副局長はドキドキした。

「外科手術の跡ですと? するとこれは、何かの医療実験の犠牲者だと言うことですか?」
「そうです。FOKはクローンの為に活動しているのではありません。何らかの目的で人体実験を行なっている非道組織だと思われます。」

 ケントは体を前に乗り出した。

「ハイネ局長、遺伝子管理局の方で何かそう言う目的でクローンを売買しているメーカーや組織の情報をお持ちでないですか? もし局員でそんな噂や手がかりを得た人がいれば、どうか捜査局にご協力ください。」

 ハイネはちょっと考えてから、ケントに頷いて見せた。

「わかりました。部下に聞いてみましょう。何か情報があればすぐにお知らせします。」