2016年10月9日日曜日

リンゼイ博士 1

 ダリル・セイヤーズ・ドーマー、クロエル・ドーマーとリュック・ニュカネンはニュカネンの自家用車で街中を走っていた。ハンドルを握るのはニュカネンで、助手席にクロエル。後部席にダリルが座っていた。ニュカネンは、最初にセント・アイブス医大の総合本部へ行くと言った。そこで大学の理事の名簿を参照させてもらうつもりだ。大学が拒めば遺伝子管理局の権威を使ってクローン研究を休止させると脅すのだ。
 ダリルはぼんやり車窓を眺めていた。前ではクロエルとニュカネンがラジオの選局でもめている。いきなりダリルが叫んだ。

「停めろ!」

 ニュカネンは慌ててブレーキを掛けた。何だ、と尋ねる前にダリルが車外へ飛び出した。ラムゼイがいたのか? ニュカネンがシートベルトを外してホルダーの銃に手を掛けると、その手をクロエルが押さえた。

「慌てない、慌てない、相手はただの通行人ですよ。」

 ダリルは1度車ですれ違った歩行者に追いついた。

「すみません、ちょっとお尋ねします!」

 男性が立ち止まった。ラフな服装をしているが薬品の匂いがして、どこかの研究施設で働いていると思われた。ダリルが彼に声を掛けたのは、それが理由ではなかった。

「重力サスペンダーを使用されていますね?」
「そうですが?」
「この街で重力サスペンダーのメンテナンスをしてくれる業者をご存じですか? 知人のサスペンダーが故障したので、探しています。」

 その男性歩行者はいかにも機械で吊り下げられて歩いている様子だったのだ。果たして、彼はダリルの質問に素直に答えてくれた。

「それなら、2ブロック北へ歩いて、左に折れてすぐの所にある、『スミス&ウォーリー』と言う店があります。セント・アイブスじゃ、そこだけですよ。愛想が悪いけど、大概の品は揃えてありますから、便利です。値段も良心的です。」

 ダリルは礼を言って彼と別れた。歩き始めると直ぐにニュカネンの車が横に来た。

「セイヤーズ、勝手に外へ出るな!」

 ニュカネンが怒っている。彼はドームからダリルの『重要性』を告げられているので、ダリルの身にもしものことがあればと気が気でない。ダリルは脚を停めずに言い訳した。

「重力サスペンダーのメンテをする店へ行くんだ。」

ニュカネンも馬鹿ではない。それでダリルの行動の目的を悟った。悟ったからと言って、賛成する訳ではない。

「1人で行くな。我々と一緒に行動せよ。」
「大勢でぞろぞろ行けば相手を警戒させるだけだよ。」
「そうそう、バックアップで少し離れて監視すべきです。」

クロエルがダリルの肩を持つので、ニュカネンは不愉快そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。