2016年10月29日土曜日

新生活 13

 ジムはまだ日中と言うこともあり、空いていた。非番の遺伝子管理局の局員が数名と、夜勤に出る前の保安課員、それから数人のドーム維持班のメンバーが体力調整で運動をしているだけだった。
 ダリルとポールは運動着に着替えて、暫くの間、銘々で筋力トレーニングをした。ダリルは医療区で水泳をしていたが、筋トレは久し振りだ。若い頃より早く息が上がって、リハビリをもっと真面目に受けておくべきだったと後悔した。
 ポールがやって来て、マーシャルアーツの闘技場が空いているので、胴着に着替えて対戦してみないかと誘った。子供時代から2人はよく取っ組み合いで喧嘩した。仲良しだが、喧嘩も派手だった。成長すると、それが闘技の訓練に変化した。
 彼等は再び着替えて、闘技場に立った。

「何か賭けるか?」

とポールが聞いた。ダリルは考えた。

「君が負けたら、支局巡りの時に胸をときめかせた女性の話をしろよ。」
「そんなの、いるもんか。」

 結局、勝利のご褒美を決めないまま、2人は格闘技を開始した。ダリルは相手の動きを最初に組み合った段階で読めてしまう。だからポールは組み合ったら絶対にダリルの体から離れない。手を離したら最後、2度と捕まえられないからだ。2人は絡み合い、何度か投げを打ち合い、堪えて、やり返し、と繰り返した。
 なかなか勝負がつかない。流石にダリルの「老体」が弱音を吐き始めた。足が滑りそうになって力が一瞬緩んだところを、床に押し倒された。咄嗟に寝た姿勢でポールを横へ投げた。セント・アイブスの安ホテルでライサンダーに投げられた、あの技だ。ポールは投げられはしたものの、すぐに受け身の態勢で床の上に落ち、体を反転させて起き上がった。まだ上体を起こしたばかりのダリルに再びとびかかり、今度は腕を押さえつけて動きを封じた。ダリルは逃れようともがいたが、無駄だった。気が付くと、ポールがキスを奪おうと迫っていた。ダリルは叫んだ。

「止せ、みんなが見ている!」

 ポールが動きを止めて、顔を上げた。いつの間にか闘技場の周囲にはトレーニング中だった人々や、外から噂を聞いてやって来た人々が集まっており、2人の勝負の行方を見守っていたのだ。
 息を弾ませながら、ポールが囁いた。

「俺は見られてもかまわんが?」
「私は嫌だ。負けてキスされるのは御免だ。」
「相変わらず、気難しい男だな、君は。」

 ポールが体の上から降りてくれたので、ダリルはやっと体を起こせた。
ポールは立ち上がり、観客に向かってお辞儀をした。闘技場に笑い声と歓声が上がった。
ダリルが胴着の着崩れを直しているのを見て、ポールのファンクラブの面々が囁き合った。

「何故ポールがアイツに夢中になるのか、わかったような気がする。」
「うん。ポールと互角に戦えるヤツなんて、今までに居たか?」
「それにセイヤーズって、かなり色気があるよな?」
「僕は、あのままポールが彼を襲うのかと期待してしまったよ。」
「マジか? 公衆の面前だぞ。」

 ダリルはシャワーを浴びてロッカールームへ行った。先に戻っていたポールが着替えながら声を掛けた。

「さっき、俺を投げ飛ばした技はどこで覚えた?」
「ライサンダーからだ。」
「ほう・・・」

ポールが愉快そうに彼を見た。

「要するに、君は息子に投げ飛ばされたんだな?」
「わかってて言うな。」

ライサンダーはポールに投げ飛ばされたのだ。