2016年10月14日金曜日

リンゼイ博士 9

 昼食は学生達が集まるカフェテリアで珈琲とハンバーガーで済ませた。
クロエル・ドーマーは食べ終わると、中米の部下からの報告チェックだ。疑問点を見つけるとメールを送ったり、直接電話を掛ける。
 学生達が興味津々で2人を見物しているのにダリルは気が付いた。遺伝子管理局の仕事に好奇心を持っているのだ。もっともクロエルはマシンガン並のスペイン語で喋っていたので聞き取れた学生がいたのかどうか定かではない。
 ドームの中にスペイン語を喋る集団がいるが、どうやら中米班と南米班の連中だな、とダリルは思った。西ユーラシア・ドームに居た頃はもっと多くの言語が飛び交っていた。お陰でダリルは読み書きだけなら10カ国語以上出来るが、喋るとなるとクロエル並の早口は無理だ。クロエルは本当はスペイン語が母語なのだろう。しかし、あの早口を聞き取れる部下って・・・凄い・・・
 突然クロエルが口を閉じたので、ダリルはびっくりしたが、彼はただ用件を終えただけだった。

「サスペンダー屋がトーラスに電話を掛けたんでしょ? 今日行かないと拙いんじゃないですか?」
「私もそう思う。何か突破口はないかな・・・」

 ふとダリルの頭に閃いたものがあった。 彼は端末を出すと、ドームのプールで助けたアメリア・ドッティの番号をダイアルした。彼女が合コンの時に教えてくれたのだ。もし記憶が確かなら、アメリア・ドッティはフラネリー大統領の従妹だ。トーラス野生動物保護団体の理事の1人に、大統領の母親がいたではないか。
 大富豪の奥方は、子供を産んだばかりなので自宅に居た。そして退屈していた。
ドームで命を助けてくれたイケメンのドーマーから電話をもらって、彼女は喜んだ。
是非夫に紹介したいと喋り掛ける彼女を穏やかに制して、ダリルは用件に入った。

「実は仕事の関係で貴女のお力添えを頼みたいと思って電話を差し上げているのです。」
「お仕事で?」
「トーラス野生動物保護団体をご存じですか?」
「伯母が理事を務めていますわ。」
「彼女に至急連絡を取りたいのですが、どうすれば連絡がつきますか? 彼女の都合が悪ければ、他の理事でも良いのですが。」
「今、ドームにいらっしゃるの、ミスター・セイヤーズ?」
「いいえ、セント・アイブスです。」
「それでは好都合ですわ。伯母はそちらのロイヤル・ダルトン・ホテルに居ります。会議に出席するために一週間ほどそちらに滞在する予定ですわ。今日、お会いになりますか?」
「伯母様のご都合が宜しければ、是非お願いします。」
「では、連絡を取ってみましょう。そちらは今お使いの番号で宜しいですか?」
「はい、この番号にお願いします。」
「この次にお電話下さる時は、お仕事の話は抜きでお願いしますね、ミスター・セイヤーズ。」

 通話を終えると、クロエルが感心した。

「ひょっとして、医療区で合コンしていた人?」
「うん・・・って、知ってるのか?」
「知ってますよ。見てたもん。」

 クロエルが思い出し笑いした。

「レインのファンクラブが悔し涙流しながら見てたもんなぁ。あれは面白かった。」
「見ていたって・・・?」

 ダリルは食堂のマジックミラーを知らない。クロエルはウィンクした。

「今度ドームに帰った時に教えてあげます。」