2016年10月1日土曜日

出張所 4

 「クロエルさんはクローンなの?」
 
 ライサンダーは失礼かなと思いつつも尋ねずにいられなかった。JJが流石にこの質問にはデリカシーがないと思ったのか、横から肘で突いた。クロエルは気にしなかった。

「クローンじゃないよ。体外受精児でもない。」
「でも・・・」
「母親が堕胎したんだよ。」

 JJが息を呑んだ。ライサンダーもショックで口が利けなかった。

「ドームって言うか、南米はいろいろ事情があって北米まで行けない人が多いから、お産だけする分室があるんだけどね、僕ちゃんの母親は僕ちゃんをどうしても産みたくなかった訳。それで分室で堕胎したんだけど、子供は大事だからね、分室は胎児を無傷で取り出して人工子宮で育てたの。それが、この僕ちゃん。」

 ライサンダーはクロエルをじっと見つめた。母親に望まれなかった子供? 母親に殺されかけた子供? この優しい陽気なアンちゃんが?

「だからさ、僕ちゃんの名前は、クロエルだけだろ? 気が付いてた? 父親が誰だかわかんないんだ。だから名前をもらえなかったの。母親の家系はドームが管理しているから、母親が嫌でも母親の名字は子供に付けておく。」
「でも・・・DNAを調べたら、お父さんはわかるんじゃないの? ドームは地球人全ての遺伝子を管理しているんでしょ?」
「それがね、南米って所はそう簡単な場所じゃないんだよ。法律から逃れる方法がいっぱいあってさ、ドームに登録しないで子供作っちゃうんだね。男の子ばっかりだけど。そんで、その子供たちが大きくなって、ちゃんとした家庭の女の子を襲う訳。 すると、僕ちゃんが生まれちゃう。」

 クロエルは何が面白いのかクックッと笑った。

「分室は本来お産と交換(公共の場なので、クロエルは『取り替え子』をこう表現した)だけの場所なんだけど、当時の執政官は僕ちゃんをドームに送らずに自分たちの手で育てたんだよ。はっきり言って、気まぐれでさぁ、子犬を育てるみたいなもんだね。だから僕ちゃんは普通の子供と一緒に外で遊んでたの。それなら養子に出せば良いものを、執政官たちはペットを手放したくなかったんだ。
 そしたら、支局巡りしていた遺伝子管理局に発見されちゃった。そこの分室は全員更迭、僕ちゃんは別の分室に保護されて、そこでなんと3年も処遇決定待ちってことになって、その間にドーマーとしての教育を受けさせられた。
 ドームは父親のわからない遺伝子管理されていない子供を世間に出せないと思ったんだ。それで10歳にして、やっとドーム本部に送られて、そこの養育棟で成人するまでお勉強さ。スペイン語と現地の言語が2つばかり出来るんで、遺伝子管理局に入れられてすぐ南米支局勤務になったんだ。本部に戻された時は、君のお父さんは脱走した後だった。だから伝説の『ポールの恋人』と出遭う機会は昨日まで全然なかった。」
「え? 父さんと出遭ったのは、昨日が初めてだって?」
「正確には、昨日の深夜。まだ知り合って24時間たってないなぁ。」

 ライサンダーはクロエルを改めて見つめた。目の前にいるおちゃらけた兄ちゃんは、本当は凄い経歴の人だったのだ。