2016年10月30日日曜日

新生活 17

 ポールのオフィスで普通に仕事をするのは初めてだ。執務机にポールが居て、秘書机にダリルが居る。時々職員からオフィス宛で電話が掛かってくるとダリルが取り次ぎ、ポールに廻す必要がないと判断すると自分の裁量で返事をする。ポールから特に物言いが付かないので、取り敢えずは順調の様だ。たまに内勤当番の局員が用事で面会を求めてくる。これはポールから却下の合図がなければ全員通す。
 そんな風に仕事をして、昼食をはさんで午後も同じ。2時過ぎに電話も面会希望も途絶えてちょっと暇になった。
 ダリルは端末を出した。

「チーフ」

と仕事中なので肩書きでポールに声を掛けた。

「ちょっとドーム外へ私用電話を掛けて良いですか?」

 ポールは書類に目を通したまま頷いた。ダリルはセント・アイブス警察に電話を掛け、スカボロ刑事を呼び出してもらった。ラムゼイ殺害事件の捜査の進展具合を尋ねた。
スカボロ刑事は、重力サスペンダーを分析させて、バネの一つが通電しない物質で作られていることが判明した、と言った。それは小さな部品で見た目は金属なのだが、実際は絶縁体と同じ成分のセラミックだった。どこで製造され、何時ラムゼイの重力サスペンダーに取り付けられたのか、調べているところだと言う。

「もっとも、ラムゼイが死ぬ前に何処に隠れていたのか、それすらわかっていないんだがね。」

とスカボロ刑事がぼやいた。

「トーラス野生動物保護団体はセレブの集まりだから、なかなかメンバーに会えなくて困るんだ。殺害現場に居合わせた4人には街から出るなと足止めしてあるが、部屋の外に居たのが誰と誰かなんて、教えてもらえないし。」

 大きな進展があれば、また連絡するよ、と言ってスカボロ刑事は自分から電話を切った。
 次に、セント・アイブス出張所に掛けた。所長のリュック・ニュカネンは所内に居て、不機嫌な声で電話に出た。ダリルは先日世話になった礼を言ってから、ラムゼイが連れていた「ジェネシス」シェイの行方がわかったかどうか、尋ねた。ニュカネンは不機嫌な声で答えた。

「セント・アイブスは全人口に対する女性の比率が他所より高いんだ。女1人増えたって、誰も気にも留めない。画像のない女の行方など捜せると思うのか?」
「そっちの警察に逮捕したラムゼイの手下達が大勢居るだろう? そいつらにモンタージュを作成させろよ。」
「私に指図するな、そんなことぐらい、さっき思いついた!」

 ニュカネンも先に電話を切った。彼の喚き声が聞こえたのか、ポールが書類に署名をしながら呟いた。

「相変わらず度量の小さい男だな。」
「彼は慎重過ぎるんだよ、独りで妻子を守っていかなきゃならないから。」

 まだ仕事に追いかけられる気配がないので、もう1件、電話を掛けた。山の家だ。
ライサンダーが帰宅していることを期待したが、電源が切れたのか、呼び出しが鳴らない。
 仕方がないので、街の保安官に電話を掛けた。保安官とは長年親しくしていたのだ。
遺伝子管理局の「指名手配」は刑法上の犯罪者ではないので、警察関係には廻っていなかった。ダリルが名乗ると保安官は喜んだ。

「ダリル、一体何処に居るんだ? 君の家がメチャクチャだと郵便屋に教えられて飛んで行ったんだぞ! 畑は全滅だし、家の中は踏み荒らされているし・・・特に畑は重い物で押しつぶされたみたいだ。何があったんだ?」
「あー・・・ちょっとUFOに襲われてね・・・」
「まさか、コロニー人が襲来したなんて言うなよ。」

 ダリルは少し躊躇ってから告白した。

「実は、息子の葉緑体毛髪が遺伝子管理局に見つかってね・・・」

 保安官が少し沈黙した。彼はライサンダーが違法出生児だと知っていた。田舎ではメーカー製造のクローンを育てている人間が多いのだ。警察だって「うっかり」見落とすことがある。

「それで、逃げ通せたのか?」
「今も逃亡中なんだ。」

 ダリルは自身が遺伝子管理局に捕まったとは言えなかった。10年以上嘘をついてきた友達に今更真相を明かす勇気が出なかった。

「ライサンダーとはぐれてしまって。そっちに戻っていないかと思ったんだが・・・」
「いや、見かけていないな。でも、もし見つけたらうちに置いてやるよ。」
「すまない、でも出来れば家に帰れと言ってやってくれないか。あの子は独りでもやっていけるから。18歳になれば成人登録されて逃げる必要もなくなる。」

 電話を切って、思わず深く溜息をついた。ライサンダーは何処に行ってしまったのだろう? 可愛い息子。綺麗な子供なので、なおさら心配だ。悪い奴に捕まって男娼として売り飛ばされたりしていないだろうか?
 ふと顔を向けると、Y染色体の父親と目が合った。

「あのガキ、家出したのか?」

とポールが、父親としては無神経に尋ねた。ダリルは心配で溜まらないことを冗談ごかしに言われたくなかったので、別方面で彼を攻撃してみた。

「君は、私を捕らえた時、ヘリを何処に降ろしたんだ?」

 ポールはすっかりそんなことは忘れていた。寧ろヘリを話題にされると自身が拉致されそうになった事件を思い出す。忌まわしい牛との押しくらまんじゅうとか、ラムゼイ一味から受けた屈辱とか・・・彼はぶっきらぼうに答えた。

「決まってるじゃないか、平らな場所だ。」

 そして彼も別の話題で話しを逸らそうとした。

「ラムゼイの人脈を探りたい。上流階級の中にクローン製造に関する不穏な動きがある様に思える。ラムゼイが俺に触った時に、政界の人間の画像が幾人か見えたんだ。彼のシンパなのか敵なのか、わからん。俺が判別出来た人間から順番に当たっていこうと思う。」
「捜査するのか? 私も参加させてもらえるか?」
「勿論だ。君も深く関わっているじゃないか。」

そして、彼はとんでもないことを言った。

「先ず、手始めに、大統領の母親を尋問する。出来れば大統領一家の思考を読めたら言うことなしだ。アメリア・ドッティに連絡を取れるか?」

 ダリルは危うく手にしていた端末を床に落とすところだった。