2016年10月26日水曜日

新生活 9

 ケンウッド長官の用件が終わった様子だったので、ダリルはもう一つ思い切って相談することにした。その為には、この場に居てもらっては困る人物を追い払わねばならない。

「長官、ちょっとプライベイトなご相談があります。」
「相談?」
「私個人のものではなく、外に居るときにある女性から頼まれたのですが、長官のご意見をどうしても伺いたくて・・・」

ダリルはポールをチラリと見た。

「本当に個人的な話なんだ、ポール。後で必ずオフィスに行くから先に局へ帰っていてくれないか?」
「私も出て行った方が良いかしら?」

ラナ・ゴーンが既に腰を浮かしかけながら尋ねた。彼女の意見がこの件に必要とも思われなかったので、ダリルは「申し訳ありません」と謝った。副長官は特に気を悪くした風でもなく、立ち上がるとポールを促した。

「私は貴方の方に頼みたいことがあるのよ、レイン。」

 ポールは渋々立ち上がり、長官と局長に黙礼した。ケンウッドが「朝から呼び出してすまなかった」と労った。
 ポールとラナ・ゴーンが部屋から出て行くと、ハイネ局長が「私は良いのか?」と問いたそうな顔でダリルを見た。ダリルは彼に頷いた。

「さて、どんな相談かな?」

 ケンウッド長官は何となく予想がついていた。ダリルがポールを追い払いたい話題は恐らく「あの件」だろうと。
 ダリルは腹をくくって語った。

「今回、ラムゼイを隠れ家から誘い出す為に、ある女性の協力を頼みました。彼女とはドームで知り合いました。長官はご存じのはずです。」
「アメリア・ドッティだな?」
「そうです。ですが、彼女はラムゼイの知人ではありません。彼女の伯母がラムゼイと同じトーラス野生動物保護団体の会員なのです。それで、アメリアに頼んで彼女の伯母に面会したのです。ラムゼイと会う手筈を整えてもらうのが目的でした。」
「その伯母と言うのが、大統領の母親、アーシュラ・フラネリーと言うことだな?」

 ケンウッドは予想が当たって、少しうんざりした表情になった。ハイネ局長が天井を仰いだ。

「アーシュラか! あの女性はまだこだわっているのか?」

 ケンウッドがダリルに確認した。

「彼女は君にドームに盗まれた子供の話をしたのだろう?」
「ええ・・・そうです。」

 やはり幹部達はアーシュラの訴えを知っていたのだ。知っていて、無視を続けた。

「君は彼女に何を話した?」
「何も・・・しかし、手を掴まれました。すぐに彼女の能力に気が付いて手を引っ込めましたが、僅かですが情報を読まれました。」
「君は彼女が接触テレパスだと知らなかった。それは仕方が無い。」

 憂い顔で長官が尋ねた。

「君は彼女がレインの母親だと悟ったはずだ。 彼女はレインの存在を君の意識から確認したのか?」
「はい・・・いえ、彼女は私が彼女を接触テレパスだと気が付いたことから、私が彼女と同じ能力者を知っていると悟りました。彼女は息子だと確信したのです。」
「彼女は息子に会わせろと要求したのだろう?」
「そうです。ラムゼイと会う手筈を整える報酬として、息子との面会を要求しました。」

 ケンウッドが黙り込んだ。ハイネ局長がダリルに説明した。

「アーシュラは強力な接触テレパスだ。本来ならドーマーにするべき女子だったのだが、当時の執政官が彼女が持つ因子を見落とした。
 一方、彼女の夫であるポール・フラネリーは、元ドーマーだ。」
「え! そうだったんですか?」
「遺伝子管理局ではなく、外部との交渉で物資調達を行う庶務部の人間で、殆ど自由にドームを出入りしていた。アーシュラと知り合ったのは仕事関係の人脈からだ。彼等は恋愛して、フラネリーはドーマーであることより恋人と生きる方を選んだ。彼は若い頃から政治家志望だったので、ドームとしても外の政界とのパイプ役を確保しておきたかった。それで彼を外へ出した。但し、条件を一つ与えた。
 生まれてくる子供を1人、ドーマーとして差し出せと当時の長官エリクソンが迫ったのだ。 フラネリーはその条件を呑んだ。 妻には一言も相談なしに・・・だ。」