2016年10月8日土曜日

出張所 15

 翌朝、ダリルが目覚めるとライサンダーは既に起きていて、難しい顔をして紙袋の中を見ていた。クロエル・ドーマーが購入してくれた着替えと「お泊まりセット」が入っている袋だ。
 何か問題でも? と尋ねると、少年は無言のまま、中に入っていたシャツを引っ張り出した。それはクリスマスツリーの様に派手な模様のボタンダウンのシャツだった。

「誰のだ?」
「決まってるじゃん、父さんのだよ。」
「私の? おまえのじゃないのか?」
「俺はもうTシャツをもらったよ。」

確かに、彼が今身につけているのは、初めて見るものだった。

「ダークスーツにそのシャツはないだろう?」
「ダークスーツにTシャツもないじゃん。」

 ライサンダーは袋を逆さまにして振って見せた。パンツと歯磨きと歯ブラシが出て来ただけだ。

「買い換える?」
「金がない。」
「朝飯は?」
「金がない。」
「ここの支払いは?」
「クロエルが済ませている。」
「もしかして、父さん、逃亡を防ぐ為にお金持たせてもらってないの?」
「・・・うん・・・」
「着替えて出張所に行こうか、父さん・・・」

 父子で出張所に顔を出すと、ドーマーたちは既に仕事に精を出している最中だった。職員たちは出勤したばかりで、これからこの日の勤務を始める準備だ。リュック・ニュカネン所長は堅物なので、とっくに来ていて、所長室でクロエル・ドーマーと打ち合わせをしていたが、ダリルたちが所内に入ってくると事務室に出て来た。
 ライサンダーが「おはよう!」と声を掛けると、クロエルも笑顔で返事をくれた。
ニュカネンはダリルの服装を見て渋い表情になった。

「なんだ、それは? ダークスーツに対する冒涜じゃないか。」
「どうしてさ?」

と『コーディネーター』のクロエル。

「ばっちし決まってるじゃん。髪と目の色が引き立つでしょ?」

あー、この人の趣味なんだ、とライサンダーは変に納得した。確かに、色の組み合わせはおかしくない。遺伝子管理局の仕事のイメージに合わないと言うだけで・・・
クロエル、とダリルが声を掛けた。

「今日も少しばかり金を貸してくれないか? 朝飯を息子に食わせないといけないのでね。」
「そう言うと思って、2階にドーナツと珈琲が置いてありますよ。今朝は全員それで済ませた。」

 ライサンダーがさっさと2階へ上がって行った。「おはよう」と声が飛び交うのが聞こえた。ダリルはニュカネンとクロエルに向き直った。

「さて、今日は何から始める?」
「ラムゼイの捜索ですね。」
「この街にあの老人が逃げ込んだと言う確証はないぞ。」
「しかし、ここから始めないと。 リュック、ラムゼイが協力を求めそうな研究機関はないのか?」
「不明瞭な研究をしている施設はいくつかあるが・・・今日1日で全部は廻れないぞ。」

 ニュカネンは局員たちが今夜ドームに帰投してしまうことを頭に置いて発言した。しかしクロエル・ドーマーが彼が恐れていた事実を述べた。

「ニュカネン、あんた忘れてない? ここにいる3人は3人共、抗原注射は要らないんですよ!」

 脱走者と、卒業生と、ジャングル育ちのドーマーたちは互いの顔を見合った。