2016年10月3日月曜日

出張所 9

 帰りは自動車を支局に返却したのでリュック・ニュカネンの車に同乗させてもらった。同乗と言っても、運転をしたのはダリルで、ニュカネンは助手席で寝ていた。寝ていてくれて助かった。彼とは顔を合わせれば小言を頂戴するので会話をしたくなかった。
 出張所に帰り着くと、既に遅い時刻になっていた。職員は既に帰宅しており、ニュカネンもダリルを下ろすと運転席に移って帰宅した。
 出張所の2階では、まだ居残りチームが仕事を続けていた。ドーマーは外で動ける48時間に可能な限り働く習慣がついているので、苦にはならないのだ。交代で食事に行ったり休憩を取るのも自然にこなしている。
 ライサンダーは休憩室の長椅子で寝ていたが、ダリルが起こすとブツブツ言いながらも起きた。ホテルの部屋を取ってくれたクロエル・ドーマーが、着替えも購入してくれており、紙袋に入った細々とした物を手渡した。

「明日は何時に来られます?」
「うーん・・・ライサンダー次第かな。」
「え? 俺の都合?」
「おまえが起きたら、私も起きるよ。」

 ライサンダーはクロエルを見た。クロエルが笑った。

「もしかして、18年間時計なしの生活だったのでは?」
「時計はあったけど・・・そう言えばアラームを使ったことなかったね、父さん。」
「晴耕雨読の生活だったからな。」

 多分8時には出てこられる、とあやふやな約束をして、ダリルとライサンダーは出張所を後にした。
 ホテルはケイジャン料理の店とは反対方向にあり、2人は夜道を歩いて向かった。

「父さん、一つ聞いていい?」
「何だ?」
「今日、道路を封鎖したのは、俺たちがこの街に向かっているってわかったから? どうしてわかったの?」
「おまえがラムゼイの農場からポールに電話を掛けたそうじゃないか。それでポールがおまえが使用した端末の位置情報を登録して追跡していたんだ。まさか彼も自身がそれで救出されるとは思わなかっただろうけど。」

 本当はポール・レイン・ドーマーの皮膚下から発信される電波も追跡したのだが、ダリルは敢えてそれは言わなかった。ポールに発信器が埋め込まれていると言えば、それはダリルにも同じ処置が施されていると言う意味であり、ドームが父親を鎖で繋いでいるとライサンダーに思われてしまうと危惧したのだ。
 ふーん、とライサンダーは納得してくれた。

「そんなことが出来るんだ。」
「衛星画像の解析でもトラックの動きを掴んでいたんだ。」
「宇宙からも見張られていたんだね。でも、どうしてあそこで道路を封鎖しようと思ったの?」
「最初は、おまえたちが何処へ向かっているのかわからなかった。恐らくローズタウンかセント・アイブスかだろう、と予測した。クロエルと私はセント・アイブスはクローン研究の施設がたくさんあって、メーカーが隠れるには都合が良い場所だから、セント・アイブスの手前で捕まえようと言ったのだが、ニュカネンはローズタウンは空港があるから国外逃亡を企むかも知れないとローズタウンの方を主張した。
 それで、分岐のところで隠れていたんだ。トラックがセント・アイブスへ向かったので、先ずクロエルと私で追いかけた。誰がどのトラックに乗っているか、追い越しながらセンサーで見ていた。最後尾のトラックは運転席と助手席に1人ずつ、荷台に2人。真ん中のトラックは運転席と助手席の他に、荷台に10数名。あの大きさのトラックだから、かなり狭くて暑苦しかっただろうな。先頭のトレーラは荷台は荷物だけだが、運転席におまえがいた。 それで、最後尾の荷台にいるのがポールとJJだろうと当たりを付けた。
おまえとポールたちと、互いに人質にする配置だ。」
「うん、ジェリーが俺にそう言った。」
「クロエルが茶目っ気を出しておまえに声を掛けた時は、おまえが私に気づいて呼びかけたりしないかと不安だったけど・・・」
「その割には、父さんもお茶目に声を掛けてきたじゃん。」
「おまえがミュージシャンかなんて言うからさ。」
「俺もあの時、冷や汗もんだったんだ。ジェリーは父さんの顔を覚えていたから。」
「そうだった、ジェリーもいたな。」

ダリルはふっと遠くを見る目をした。

「おまえが生まれた時、ジェリーがミルクの与え方やオムツの替え方や抱っこの仕方を教えてくれたんだ。」
「そうだったんだ・・・」
「ジェリーはドーマー並の歳の取り方だな。クローンでも普通の地球人でもなさそうだ。」
「なに、それって・・・?」