2016年10月2日日曜日

出張所 8

 ダリルとドーマーたち一行がローズタウンの空港に到着したのは日没から2時間たってからだった。ローズタウンには、中部支局があるが今回の捕り物には関与していない。支局は本部局員が使用する車を手配し、本部から乗ってきたジェット機の整備と給油をしただけだった。
 中西部支局同様、空港の隣にあるので、ポール・レイン・ドーマーとリュック・ニュカネン元ドーマーはそこで仲間の到着を待っていた。さらに、中西部支局から車を走らせて来たクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーとアレクサンドル・キエフ・ドーマーも一緒にいた。
 ダリルは第1チームの局員たちに荷物とJJとジェリー・パーカーをジェット機に乗せるよう指示してから、支局に入った。
 ニュカネンが「遅い」と文句を言ったが無視して、ロビーの長椅子に横になって端末に報告書を入力しているポールのそばへ行った。どんな時でも仕事優先の男だ。そばの椅子に座っていたキエフがダリルに気が付くと立ち上がった。飼い主に近づく不審者に牙を剥く犬みたいにダリルを敵意丸出しで睨み付けた。そのキエフとダリルの間に、クラウスが入った。

「今日はお疲れ様、ダリル兄さん。」

 気の好いクラウスが、穏やかにキエフを牽制した。ダリルは彼を抱きしめた。
山の家で逮捕された時、クラウスは現場にいたのだが、ダリルは麻酔をかけられて意識がなかった。 クラウスに抱きかかえられてヘリに運ばれたことも知らなかったし、その後ドームでもクラウスが忙しくて会う機会がなかった。まともに会ったのは、18年振りだ。

「クラウス! 元気だったか? また世話になることになった。君の奥さんには既に医療区で世話になったけど。」
「また一緒に働けて嬉しいです。いろいろ教えて欲しいこともありますし・・・」

 ダリルはクラウスの後ろでイラッとしているキエフをチラリと見たが、このややこしい部下については言及しなかった。クラウスから体を離して、仕事の話に移った。

「中西部支局はどうなった?」
「ハリス支局長がラムゼイに薬漬けにされて情報を流していた様です。逃亡したので、ヘリとパトカーで追跡したのですが、ハリスはハイウェイで事故を起こして死亡しました。」
「死んだのか・・・」
「コロニー人は鉄道を知らないんですよ。だから、踏切を通過しようとして脱輪したところに列車が突っ込んだのです。もうグッチャグチャですよ。DNAで身元確認をやらなきゃならなくて、後始末に手間取り、ここへ来るのが遅くなりました。なんとか仲間と合流出来て、ホッとしています。」

 第1チームはクラウスとキエフを入れて6人。 荷物の積み込みをしている4人を思い出し、クラウスはキエフに「手伝え」と命令した。キエフはポールのそばに居たかったのだが、上司の命令なので渋々外へ出て行った。
 堅物ニュカネンがキエフを見送りながら、珍しく笑えるコメントを口にした。

「レインが弱っているのに、同じように池に落ちたアイツがなんでぴんぴんしているんだ?アイツ、どこか可笑しいのじゃないか?」

 そしてポールに声を掛けた。

「レイン、報告書は後回しにして、さっさとジェット機に乗れ。」
「うるさい、もう少しで終わるんだ。」

 ダリルはポールのそばへ行き、手元を覗き込んだ。言葉通り、ポールが書類を送信したところだった。ダリルは彼のスキンヘッドにキスをしようと体をかがめた。ポールが「止せ」と言った。

「今夜はそんな気になれない。」
「ただ挨拶のキスをしようと思っただけだ。」

 するとポールは片手を差し出した。ダリルはその手の甲に軽く口づけした。
 ポールは端末をニュカネンに返し、長椅子から起き上がった。動作が鈍いが誰も手を貸さない。彼の自尊心を尊重したのだ。
 支局の建物から空港の搭乗口までは5分だ。風は冷たくなっていた。ジェット機に近づくと、キエフと局員の1人が睨み合っていた。よくあることなのでポールはキエフではなく相手に「早く乗れよ」と声を掛けて、その場を収めた。諍いの原因はいつもつまらぬことで、キエフが一方的に腹を立てるのだ。キエフには、大人しくしないと置いて行くぞ、と脅して機内に追い立てた。
 犬猿の仲のニュカネンに、一応「世話になった」と礼を言って握手なしで挨拶を終える。
それからダリルには、必ず帰って来いよ、と言って、さっさと機内の人になった。
ダリルはクラウスともう一度ハグを交わした。

「ポールを頼むよ、ドームに着いたら必ず速攻で医療区に叩き込んでくれ。」
「任せて下さい。逆らえば麻痺銃を使ってでも入院させますよ。」