2016年10月27日木曜日

新生活 11

 ダリルは初めてポール・レイン・ドーマーのオフィスに入った。思っていたよりも広くて綺麗な部屋だった。中央に会議用の丸いテーブルがあり、3次元映像を利用出来る仕組みになっている。テーブルの周囲には移動可能な椅子が数脚。ポールの執務机はその奥にあり、秘書机は入り口の左側。本来なら秘書用のスペースを仕切るはずだが、今まで秘書がいなかったので、仕切りを設けていないだけだ。 
 執務机の右奥に仕切りがあって、その向こう側に簡易ベッドとお茶道具を揃えた棚がしつらえてあるのを見て、ダリルは彼のアパートが何故殺風景なのか理解した。ポールはオフィスに住み着いているのだ。恐らくアパートの部屋は、クロゼット扱いなのだろう。
 秘書机にクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーが着いていたが、ダリルが入室すると、立ち上がって席を譲った。時間の無駄を避けて、すぐに仕事の説明を開始する。
秘書の仕事は、ドームの外で支局巡りをするチームからの報告の整理や、支局から送られてくる婚姻申請、成人登録、妊婦の経過報告、養子縁組申請などの書類の整理・処理だ。
それらを仕分けて各チームの担当者のオフィスへ転送する。局員との面会希望申請も同様だ。その中で緊急を要するものや重要度の高いものを秘書判断でチーフ・レインのコンピュータに転送する。
 この細かい作業を今までポールは秘書を置かずに1人で(たまにクラウスも手伝うが)やってきたのだ。部屋に住み着かなければ、こなせないだろう。
 クラウスが各支局、各局員のパスワードを入力して教えてくれた。紙には書かない。ダリルが一見で記憶出来るのを承知しているからだ。
 一通り説明が終わったところで、クラウスは画面のメッセージ機能を出して、文を打ち込んだ。

ーーボスがご機嫌斜め。原因は?

 ダリルはチラリとポールを見た。ポールは無表情で自身のコンピュータの画面を眺めている。

ーー知らない。長官の部屋では普通だった。

 そう言えば、副長官がポールに何か用があると言っていたな、と思い出した。その時、不意にポールが声を掛けてきた。

「クラウス、今夜は予定があるか?」
「いいえ。空いてます。」
「キャリーのシフトはどうだ? 彼女も非番か?」
「非番のはずです。」
「俺が奢るから、夫婦で夕食に付き合え。」
「え? 良いですよ。何時に何処で?」
「8時に中央研究所の食堂だ。ダリルも一緒だ。」
「え? 私の予定を勝手に決めるなよ。」
「他に予定があるのか?」
「・・・ない。」
「だったら、四の五の言わずに俺に従え。」
「横暴なボスだな。」

と言いつつ、ダリルは笑った。子供時代のガキ大将がそのまま大人になっている。
クラウスの方は早速愛妻に電話を掛けて、外食の予定を告げている。
何故かポールは溜息をついて、再び画面に視線を向けていた。今夜のディナーはただの親睦会ではないな、とダリルは感じた。