2016年10月14日金曜日

リンゼイ博士 8

 ダリル・セイヤーズ・ドーマーとクロエル・ドーマーはセント・アイブス医大のキャンパスを通り抜けて行った。大学なので若者が多い。地方の小父さんばかりの田舎町に住んでいたダリルには新鮮な風景に見えた。息子もこんな環境で育てたかったなぁと思った。
女性もよく見かけた。彼女たちは研究者か学生で、2人を見て好奇心で近づいて来たり、手を振ったりして存在をアピールした。クロエルは慣れているのか、笑いかけたり、手を振り替えしたりと忙しい。

「さっきリュックに切れて見せたシビアな君と、今のおちゃらけた君と、どっちが地なんだい?」

 ダリルはちょっと可笑しくなってからかってみた。クロエルは困ったと言う顔をした。

「どっちも僕なんですけどぉ・・・」
「オンとオフの切り替えが速くて驚くよ。」
「感情の起伏が激しくてね。」
「そうは見えないな。君は完璧に自身をコントロール出来ているよ。」
「貴方だってそうでしょ。ニュカネンに腹を立てて見せても暴挙には出ない。」
「腹を立てても立てるだけ無駄な相手と18年も過ごして来たからね。」
「ライサンダー坊やは、そんなに聞き分けが悪かった訳?」
「否・・・私が怒っても反応がないんだ。怒られた理由をすぐ理解して自分で修正してしまうから。」

 話をしているうちにキャンパスを出て、トーラス野生動物保護団体のビルの前に到着した。灰色の石で壁を築き上げた古い建物だ。2人の遺伝子管理局の人間が入り口に行くと、ドアの内側の受付カウンターに居た女性が慌ててドアを開けた。
 クロエル・ドーマーが彼女に責任者を呼んでくれ、と頼んだ。

「誰でも良いけど、今このビル内に居て、メンバーリストの開示に責任が持てる人を頼みますよ。」

 遺伝子管理局の「頼み」は遺伝子を扱う事業を行う団体や研究者には「命令」と同じだ。 機嫌を損なえば忽ち業務停止処分を食らう。女性は誰かに電話を掛けた。
 ダリルがクロエルに囁いた。

「君がここへ来ようと思った理由は何だ?」
「なに、大学のクローン研究施設一覧にここも載っていたと言うだけですよ。」

 クロエルが声を低くして言った。

「野生動物のクローン再生をやってるんです。」

受付の女性が彼等に振り返った。

「申し訳ございません、今日は理事は1人も来ておりません。明日、出直して頂けますか?」