2016年10月9日日曜日

リンゼイ博士 2

 ダリルは歩行者から教えられた道を普通の人が散歩する歩調で歩いて行った。ニュカネンの車は1度彼を追い越し、次の角で停車した。クロエルが外に出て何か用事をするふりをして、また車内に戻った。ダリルが道を渡ると、車も動き、次の交差点の手前で停まった。ダリルはそこまで歩いて行き、信号が赤なので立ち止まった。反対側の歩道で歩いていた若い男性も立ち止まり、こちらを見た。ダリルは信号を眺めた。
 信号が青になった。向かいの歩道の男性はその交差点を横断してダリルの斜め向こうへ渡った。
 ダリルは渡らず、左に曲がった。教えられた場所に店はあった。
 開店準備をしている店内にダリルは入った。3階建てのビルの1階が店舗で、上は作業所や倉庫なのだろう。初老の男がカウンターの向こうにいて、ダリルが入って来るのを見ると顔をしかめた。

「まだ開店していないが・・・」
「わかっています。申し訳ないが、友人のサスペンダーのバッテリーボックスが故障したので困っているのです。バネがいかれてしまったらしいので、交換部品を探しています。研修で昨日初めてこの街へ来たので、街の様子がよくわからなくて・・・」
「部品ならいくらでもある。しかし、今は準備中ですぐには出せない。」
「ああ、それでは夕方また来ます。型番を言いますから、記録してもらえますか?」

 渋々男が端末を出したので、ダリルは昔目撃したラムゼイ博士の重力サスペンダーの型番を述べた。男の顔が強ばった。

「そいつは特注タイプだ。どこにでもある品物じゃない。」
「では、ここではバネは手に入らないのですね。」

 ダリルががっかりした口調で言うと、男はフフンと笑った。

「バネくらい、ちょっと手を加えれば大概の型に合わせられる。今夜5時に来な。遅れるなよ、俺は時間にルーズなヤツはお断りだからな。」
「必ず来ますよ。」

 ダリルは店の外に出た。数十メートル先にニュカネンの車が停まっていた。ダリルが乗り込むと、運転席から怒声が飛んできた。

「1人で行動するなと言ったはずだ!」
「君たちがバックアップしてくれているから平気なんだよ。」

 ダリルは車を出せと手で合図した。ニュカネンは不満顔ながらもアクセルを踏んだ。
ダリルが店内での会話を説明した。

「店主はラムゼイのサスペンダーの型番を知っていた。あれは市販ではない、特注品だって。」

 ダリルは出張所に電話を掛けた。『スミス&ウォーリー』の通話記録を調べて欲しいと告げた。特に今から10分前後のものを。
 ニュカネンが、勝手に私の部下を使うなと苦情を言いかけると、クロエルまでが彼に指図を出した。

「リュック、次の角で右へ曲がって、それから左へ曲がって、また右へ曲がってくれない?」
「どこへ行くつもりだ? これから大学本部へ行くんだぞ!」
「知らない。でも尾行者はまけるから。」
「尾行者?」

 素っ頓狂な声を出すニュカネンを無視して、クロエルが後部席のダリルを振り返った。

「気が付いてたでしょ?」
「うん、反対側の歩道にいた男だな。私が歩行者に店を尋ねた時、近くに居た。恐らく、あの時点では、たまたま居合わせたのだろう。話の内容を聞かれたかどうかはわからないが、ダークスーツの男が3人も乗り合わせているのを見て、遺伝子管理局だと察したはずだ。すぐに方向を変えて、反対側を歩いて付いて来た。2つ目の交差点で、私が青になっても道を渡らなかったので、尾行に気づかれたと思ったのだろう、道を渡ってから数メートル歩いて立ち止まってこちらを伺っていた。」

 ニュカネンは自分が尾行に気が付かない無能だと言われた気がして、黙り込んだ。
セイヤーズは脱走者で18年間山奥で暮らしていた。ほとんど野蛮人だ。クロエルはアマゾンのジャングルで育った野生児だ。此奴等の野生の勘を俺に求めるな・・・
 ダリルが彼に注意した。

「運転が荒いぞ、リュック。いかにも逃げてるじゃないか。」