2016年10月20日木曜日

リンゼイ博士 21

 リュック・ニュカネンはお茶に手を付けずに、こちこちになって座っていた。現役ドーマーと違い、俗世に暮らす彼は、上流社会と付き合うと肩が凝る、と言うことを学んだらしい。ダリルが帰ると言うとホッとして立ち上がった。
 ホテルから出て車に乗り込むと、ダリルは重力サスペンダーの店「スミス&ウォーリー」に行ってくれと頼んだ。ニュカネンはうんざりした。セイヤーズを帰さなければドームから睨まれる。

「まだ何か調べるつもりか?」
「あと一つだけ。それが済んだら、クロエルと共にドームに帰る。」

 店にいたのは初対面の男だった。彼はスミスと名乗り、ダリルが昨日会った男がウォーリーだと判明した。ダリルが重力サスペンダーが人間を天井まで持ち上げるにはどんな細工が必要か、と尋ねるとスミスは不機嫌になった。

「重力サスペンダーは自力歩行が出来ない人間が自分の脚で歩くために補助的な役割をする機械だ。跳ぶんじゃない。」
「知っています。だが、モーターの不具合で事故が起きたんです。」
「事故? さっきあんたは『細工』と言ったな。細工なんかして跳んだヤツでもいるのか? サスペンダーはデリケートな機械だ。素人が触れば壊れるか、大きな事故に繋がる。うちの顧客が事故を起こしたのか?」
「そうです。しかし自身で細工したんじゃない、誰かにこっそり細工されたんだ。」
「まさか、うちの店が細工したなんて言いがかりをつける気じゃ・・・」
「そんなつもりはありませんよ。でもこの街で重力サスペンダーを扱うのはお宅だけだ。これから言う型番のサスペンダーの部品を発注した客を教えて下さい。」

 それはプライバシーの侵害だと言うスミスを無視して、ダリルは店のカウンター内に入り込み、コンピューターを触り始めた。スミスは当惑してニュカネンを見た。彼はニュカネンが何者か知っていたし、ニュカネンもスミスの顔と名前くらいは知っていた。

「こいつ、ドーム人だな? 礼儀知らずもいいところだ。」
「遺伝子管理局の捜査だ。我慢してくれ。」

ダリルが手を止めた。画面に顧客のリストの1ページが表示されていた。中年の男の笑顔が映っており、ダフィー・ボーと言う名が読み取れた。ダリルが呟いた。

「誰だ、これは?」

 ニュカネンが苦々しげに答えた。

「モスコヴィッツの秘書だ。」