2016年10月20日木曜日

新生活 1

 ダリル・セイヤーズ・ドーマーはクロエル・ドーマーと共に夕刻、ドームに帰投した。
正体不明の不思議な壁の内部に入るなり、服を全部脱がされて洗濯に出され、体は薬品風呂に浸けられた。頭部から爪先まで綺麗に洗浄され、簡単な細菌・放射能汚染検査を受け、やっと新しい衣服をもらって身につけると日が暮れていた。
 2人は遺伝子管理局本部に出頭した。直ちに局長室に案内され、ローガン・ハイネ・ドーマー局長と面会した。
 局長はダリルが自発的に帰って来たので内心胸をなで下ろした。そして最初に今回の出動の正規の責任者であるクロエルから報告を受けた。クロエルは毎晩報告書を送っているのだから2回も同じことを言う必要はないと思っているので、今朝のラムゼイの事故死だけを語った。殺人の疑い有りと聞いても、局長が心を動かされた様子はなかった。

「それで帰投が予定より遅れたのか?」
「予定なんてありましたっけ?」
「本来の目的は、レイン・ドーマーの救出とベーリングの娘、それにセイヤーズの息子の保護だけだったはずだ。2日前に完了したと思ったが?」
「そうでしたか? どうも最近記憶力が弱ってきて・・・」
「おいおい、クロエル先生・・・」

とハイネ局長は部下のおとぼけに腹を立てた様子でもなく、

「私がセイヤーズの息子をドームに来させろとメールしたのに、逆らっただろ?」
「だって、無理なものは無理です。本人が嫌がったもん。」
「それで、努力も諦めたか?」
「忙しかったもんで。」

 ハイネはクロエルとの会話を楽しんでいる、とダリルは感じた。他の班チーフ達とはこんな風に話さないはずだ。

「取り敢えず、お疲れさん、と言っておこう。 2日間休暇を与える。」
「3日働きましたよ!」
「1日は帰投が遅れた罰で減らした。」
「ええーーー」

 それでもクロエルは「そんじゃ、2日後に」と言い、ダリルにウィンクして局長室から退室して行った。
 局長とダリルの目が合った。

「面白い男だろう?」
「ええ。一緒にいると愉しいですね。」
「あまり他所で使うと、中米班の部下達が怒るので、早く戻してやらんといかんのだ。だから、作戦終了後にレインと共に帰って来て欲しかった。」
「すみません。ですが、どうしてもラムゼイを捕らえたかったんです。ドームの外に存在する危険を一つでも減らしておきたかったので。」
「息子の為にか?」
「そうです。」
「私がクロエルに君の息子をドームに来させろと指示を与えた理由はわかるな?」
「息子が何処まで私の遺伝子を受け継いでいるか、お知りになりたいのでしょう?」
「そうだ。進化型1級遺伝子は、代を重ねる毎に変化する。君が持っている能力をそのまま息子が受け継ぐと言う訳ではない。それに、この遺伝子はX染色体にある。本来なら父親から息子へは遺伝しないのだ。
 メーカー達はラムゼイの研究を噂でいくらか知っているはずだ。あの爺さんが男性同士の間で子供を創ったと言う噂がもし流れていたら、当然君の息子は珍しさから狩られるだろう。だから私は君の息子をせめて成人する迄ここで保護しておきたいと思ったのだ。」
「お心遣いは感謝します。ですが、息子は1人で生きていく道を選びました。もう私の手を離れてしまったのです。今何処に居るのか、私にもわかりません。」

 ダリルはライサンダーを想った。今、何処でどうしているのだろう。所持金は多くないはずだ。少年は、クロエルがわざと出張所に忘れた財布から借金して行ったのだ。セント・アイブスからドームへ帰る飛行機の中で、ダリルはクロエルを問い詰めて白状させた。ライサンダーを逃がす算段を、クロエルとライサンダー自身がこっそり立てていたのだ。

 折角自由な世界で生まれたのに、籠の鳥にされるのは可哀想じゃないですか!

とクロエルはダリルに訴えた。ジャングルで自由に遊んでいたのに、ある日突然ドームに連れてこられ、特殊教育を受けさせられて育てられた男の訴えだ。自身も自由を求めて逃げたダリルは、クロエルを責められなかった。