2016年10月30日日曜日

新生活 18

 夕方近くになって、ポールのコンピュータにドーム維持班住宅課から連絡が入った。申請していた妻帯者用アパートへの転居を許可すると言うものだ。しかも「本日中に」と書いてある。住宅課は独身者用アパートに2人以上の人間が住み着くのを良しとしないのだ。ポールはダリルに伝える前に、運送班に引っ越し依頼を出した。保安課にも連絡を入れ、留守中に運送班が荷物を運び出せるように手配することも忘れない。保安課がドアを解錠してくれる訳だ。ポールの私物は少ないので、運送班は2,3時間もあれば仕事を終えるはずだ。ダリルの私物は服が数着あるだけだ。
 ドームの運送業者とも言える運送班は、存外多忙な部署だ。ドーマーや執政官達は部屋が気に入らないとすぐ引っ越しをする。どの部屋も造りは同じなのだが、隣人が気に入らないとか、窓からの風景が好きでないとか、些細な理由だ。それに執政官の離着任も少なくないので、そっちの仕事も多い。宇宙向けの荷物の梱包などお手の物だ。だから、ポールは彼等の手が空く夕刻のうちに仕事をしてもらえるよう、大急ぎで依頼した。
 引っ越しの手配を終えると、ポールはダリルを連れて中央研究所のクローン観察棟へ出かけた。ラムゼイの秘書だったジェリー・パーカーに面会する為だ。
 ジェリーはようやく落ち着きを取り戻し、病室から普通の観察室に移された。ポールとダリルが保安課員と共に部屋を訪問すると、彼はビーズソファに座ってテレビを見ていた。2人の遺伝子管理局員が近くに来ても振り返らなかった。ダリルが声を掛けた。

「やあ、ジェリー。気分はどうだい?」
「最低だね。」

とジェリーはテレビを見たまま答えた。

「体をあちらこちらいじり廻されて、細胞を採取されて、ウサギになった気分だ。」
「おまえが俺にやろうとしていたこと、そのままを執政官がやっただけだろう。」

ポールの声でジェリーが振り返った。

「脱走ドーマーに『氷の刃』か。おかしな組み合わせだなぁ。逮捕した者と逮捕された者が一緒に居る。」
「今はボスと秘書の間柄でね。」
「ふーーん・・・」

 ジェリーが2人を見比べた。そして、突然笑い出した。「何が可笑しい?」とポールが尋ねると、彼は笑いを抑えて言った。

「おまえ達、ライサンダーの両親だ! よく見ればあのガキ、おまえ達2人にそっくりじゃないか!! 今頃気が付くなんて、俺も馬鹿だなぁ・・・」

 ポールがダリルを見た。ライサンダーは俺に似ているのか?と目で尋ねる。その目が息子にそっくりなので、ダリルももう少しで吹き出しそうになった。慌ててジェリーに質問した。

「ジェリー、トーラス野生動物保護団体の会員で、博士を匿った人間は誰だ?」

 ジェリー・パーカーはまだラムゼイ博士が死んだ事実を知らされていない。そんなこと、言えるかよ、と笑った。団体の名前を遺伝子管理局に知られたことも、しらばっくれるつもりだ。管理局がはったりを利かせてきたと思っているのだ。
 ダリルはポールを見た。真実を告げるべきか?と目で問うた。ポールが頷いた。
ダリルは一息ついてから、言った。

「ジェリー、博士は亡くなったんだ。トーラスの誰かに暗殺された。」

 ジェリーの笑い声が止まった。一瞬、時間が止まったかの様な沈黙があり、それから、「嘘だ!」と叫び声が上がった。
 ジェリーは立ち上がり、一番近くにいたダリルに飛びついた。しかし、ポールと保安課員が彼を捕まえた。ジェリーが喚いた。

「嘘だっ! 博士が亡くなったなんて、そんなことがあって堪るか!」
「本当なんだ、ジェリー。私の目の前で彼は死んだ。重力サスペンダーの誤作動で、事故死したと思われたが、警察の鑑定でサスペンダーのモーター部分に誰かが細工をしていたことが判明した。」
「嘘だ・・・嘘だ・・・」

 ジェリーの体から力が抜けたので、ポールと保安課員は彼を抑えていた手を離した。
ジェリー・パーカーは床の上に座り込み、呆然と宙を見つめた。
 ポールが彼の横にかがみ込んで話しかけた。

「パーカー、ラムゼイはリンゼイと名乗ってトーラス野生動物保護団体の会員になっていたな? そこにいるセイヤーズと、もう1人の局員が団体幹部と交渉して、リンゼイを団体本部へ呼び出した。ラムゼイは素直に正体を明かして、局員の前で演説をぶっていたそうだ。そして、場所を移動しようと重力サスペンダーを操作した途端に、機械が誤作動を起こして、爺さんを天井へ叩きつけた。誰にも救えなかった。即死だったそうだ。
 サスペンダーのモーターが彼が入室した当初から異常音をたてていたと言う証言がある。うちの局員が聞いたのだ。微細な音だが、彼は聴力が良い。爺さんは気が付かなかった。恐らく、普通の人間では気が付かない異常音だったはずだ。だから、爺さんは機械に細工されたことを知らなかった。爺さんのサスペンダーに近づけた人間が犯人だ。」

 ジェリーがポールを振り返った。

「博士にとって、重力サスペンダーは脚だ。他人には触らせない。俺だって触ったことはなかった。」
「しかし、メンテナンスで部品交換はしただろう?」
「俺は部品の店に行ったことがない。メンテナンスは何時もセント・アイブスの店に任せていた。店の人間は調べたのか?」

この問いにはダリルが答えた。

「『スミス&ウォーリー』はオーダー通りに部品を発注して、販売しただけだ。取り付けはしない。最近になってオーダーした人物は、ダフィー・ボーと言う男だ。」
「モスコヴィッツの秘書だな・・・」

 ジェリーがよろめきながらも立ち上がった。

「あいつら、博士が追い詰められたと知って、証人を消しやがった・・・」
「あいつら、とは?」
「博士に自分達のクローンを創らせて、脳を若い肉体に移植しようと企む狂ったヤツらよ。」

 ポールが一瞬顔を歪めて、ジェリーから離れた。ダリルが彼を見ると、彼は今にも吐きそうな顔になっていた。

「どうした、ポール?」
「ラムゼイが俺に触った時に、感じたのは、それだ・・・」