2016年10月4日火曜日

出張所 10

 ホテルは小さなビジネスホテルで、ツインの部屋はかなり狭かった。観光地ではなく学究都市なので、利用者は出張してくる研究者や学生、薬品・機材の業者なのだろう。
部屋に入ると、ライサンダーは直ぐにシャワーを浴びた。
 ダリルは上着を脱いで、ベッド脇にある唯一の椅子に掛けた。端末がメールの着信を告げたので、見るとJJからだった。
 そう言えば、ライサンダーが使っていた電話は、JJのタブレットだったな、と思った。JJは誰からダリルの番号を教えてもらったのだろう? 今使っている端末は昨夜遺伝子管理局からもらったばかりなのだ。
 メールを開くと、

ーーダリル父さん、もう寝た?

とあった。まだ起きていると返信すると、すぐに返信が来た。

ーー後半時間でドームだって。

誰に番号を教えてもらったのかと尋ねると、意外な返答が来た。

ーーラナと言う女の人。ドームの偉い人だって。

 副長官がJJに接触したのだ。恐らく、若いJJが初めてドームに来るに当たって、不安を和らげる為に事前に話しかけてみたのだろう。ドームはベーリングの遺伝子組み換えの少女に興味津々なのだ。彼女が塩基配列を目で見ていると知ったら、仰天するだろうな、とダリルは思った。
 その後、JJは機内の様子を簡潔に伝えてきた。 ドーマーたちは疲れたのか静かにしていること、髭面の男だけが時々喋って仲間から注意されていること、Kと言う人が親切にしてくれているが、Pには会わせてもらえないこと。

ーーPは専用席で寝ている。彼の席にはKしか入れない。

 Kはクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーだな、と察しが付いた。
ジェリーは変化がなく、麻酔で眠ったままだ。

 ダリルはメールに熱中していたので、ライサンダーがシャワーを終えて出て来たのに気が付かなかった。JJに「お休み」と最後の文を送信して会話を終え、振り返るとライサンダーは裸のままベッドに仰向けになって寝ていた。

「ライサンダー、そのままでは風邪をひくぞ。」

 声を掛けても眠ってしまったのか、反応しない。ダリルは端末をテーブルに置いて、ライサンダーの上に身をかがめた。いつ見ても可愛い我が子だ。きっとこいつが爺さんになっても、やっぱり可愛いと思うだろうな、とダリルは自身も歳を取ることを忘れてクスッと笑った。お休みのキスをしてやるつもりで顔を近づけた時だった。
 いきなり下から襟首を掴まれ、次の瞬間投げられた。
 ダリルは咄嗟に空中で体を廻転させて受け身の形を取ったが、滞空時間が短かったので間に合わずに隣のベッドの上に落ちた。危うく床に転げ落ちそうになって辛うじて止まった。 彼は思わず呻いた。

「なんなんだ、一体・・・?」
「Pちゃんの必殺技。」
「ポールの?」

 ダリルは身を起こした。ショックで頭が軽くふらついた。

「どうしてそんなものを、おまえが知っているんだ?」

 ライサンダーは答えずに意味深に笑みを浮かべただけだった。

「もう一つ、教わったんだ。ねぇ、ちょっと目を閉じてくれる?」
「?」

言われた通りに目を閉じると、息子が近づいて来た。そしていきなり抱きしめられて、唇にキス・・・
 ダリルは思わず息子を押し返した。

「悪ふざけは止めなさい。」
「ドキドキしなかった?」
「たまげたよ。」
「俺は体がとろけそうになって、ドキドキしたんだけど・・・全身の血が逆流したみたいで・・・父さんが感じないのなら、俺、キスが下手なのかなぁ?」

 ダリルは手で目を覆った。ポール・レイン・ドーマーは息子に何を教えたのだ?
疲れた体でキスなどしたら、相手の思考が・・・
 ダリルはハッと気が付いた。

 彼は、ライサンダーが自分の子供であることを確認したんだ!

 ライサンダーは気が付いていない。ポール・レイン・ドーマーが血縁関係のある者同士だけが可能なテレパシーの交換をやってのけたことを。養育棟時代に、養育係の「トニー小父さん」が言っていた。接触テレパスは普段は相手の思考や感情を一方通行で感じ取るだけだが、血縁関係がある人間には自分の思考や感情を伝えることが出来る、と。ライサンダーが感じた「ドキドキ」は、ポール自身の緊張感だったのだ。