2016年10月22日土曜日

新生活 3

 M−377は18年前と少しも変わらない、殺風景な部屋だった。ダリルも必要最低限の物しか持たないが、ここまで何もない部屋は珍しい。ポール・レイン・ドーマーの私物は全て棚や引き出しに仕舞い込まれて、作り付けの家具しか見えない。住宅展示場のモデルハウスでさえ、もっと装飾品があるだろう。キッチンも食器が存在するのかと疑ってしまうほどだ。シンクは当然ながら乾ききっていた。唯一目に付くのは、小さな書斎のコンピュータだけだ。
 ダリルはデスクに着くと、すぐに報告書作成に取りかかった。ラムゼイとの会話を詳細に記録した。指の動きが速すぎてコンピュータの画面表示が変化するのを待たねばならないこともあった。作業に没頭し、1時間後には報告書を仕上げて局長室に送信した。

「あー、終わった!」

 思わず声を上げて彼は腕を挙げて伸びをした。すると、誰かが彼の両手首を掴んだ。

「良かったな、仕事が終わって。」

 ダリルは振り返らなかった。不意打ちをくらった場合は、躊躇なく殴りつけるのだが、両手首を封じられては動けない。それに聞き覚えのある声だったし、手首を掴んでいる人間の手の感触は一生忘れられない。

「バックを取られたな・・・」
「君は物事に熱中すると背後が疎かになる。」

 手首を離され、ダリルは立ち上がって後ろを振り返った。すぐに体を引っ張られ、次に抱き締められた。

「局長が退院祝いのサプライズがあると言ったが、君だったとはな!」
「退院? 局長は君はまだ当分入院していると言ったぞ?」
「それは俺が医療区から逃げ出す前の話だろ?」
「はぁ?」

 ダリルはポール・レイン・ドーマーから身を離そうとした。ポールが寝室に向かって移動しかけたからだ。

「逃げて来たのか?」
「どこも悪くないし、バイタルチェックも全部外されたし、点滴も終了した。看護師もいなくなったから、クラウスに服を持って来てもらって、着替えて出て来ただけだ。 局長には報告済みだ。問題は何もない。」

 ハイネ局長も人が悪い・・・。 アパートでダリルとポールが遭遇することを承知して黙っていたのだから。

「私は空腹だ。まだ寝るつもりはないし・・・」
「それなら、終わってからにしろ。」
「終わってからって、何を・・・」

その時、ダリルの端末に電話が着信した。 ダリルは強引に体をポールから離し、電話に出た。ポールがむくれているが、仕方が無い。電話は「緊急」とあったのだ。

「セイヤーズ・・・」
「僕ちゃんでーす!」

とクロエル。

「もし良ければ夜食に行きませんか? 飛行機の中でスナック食ったきりで腹が減って・・・」
「ああ・・・いいね・・・」

ダリルはポールを見た。

「レインも連れて行って良いかな?」
「いいっすよ! 医療区から脱走したんですってね? ストーカー・キエフが探しまくってます。」