2016年10月15日土曜日

リンゼイ博士 10

 午後5時には「スミス&ウォーリー」を再訪しなければならない。ダリル・セイヤーズ・ドーマーとクロエル・ドーマーはそれまでの間にもう一軒、クローン技術で事故などで失った手指を補う体躯の部分を製造している業者を当たった。この業者は好意的で雇っている研究者全員と技術者を紹介してくれた。真面目な医療に取り組んでいる研究所だ。彼等はリュック・ニュカネンとも顔馴染みらしく、本部局員だけの訪問を訝しんだが、ニュカネンが警察の仕事で留守なのだと説明すると納得した。設備はそんなに最新の物を置いていないので、クロエルが補助金を受給しているのかと尋ねると、審査が厳しくて申請金額の8割しか受けていないと言う。クロエルは次年度の申請書に自分たちの名前を入れて訪問を受けたとコメントを書いておくように、とアドバイスした。

「使えるコネはなんでも使って頂戴。」

とクロエルが中米流の仕事の仕方を伝授した。
 研究者たち全員と面談したので、重力サスペンダー屋に駆け込んだのは5時ジャストだった。
 店主は「本当に来たのか」と言う顔をした。それでもバネを見せ、小さな紙袋に入れて渡してくれた。値段はクロエルがニュカネンから借りた昼食代の残金ぎりぎりだった。
 店から出ると2人は出張所に向かって歩き始めた。バス代はなかったし、電話を掛けて迎えに来てもらうのは気が引けた。なにしろ、別れ際は喧嘩同然の状態だったから。
 歩いていると、アメリア・ドッティから電話が入った。

「午後6時にロイヤル・ダルトン・ホテルに行けますか?」

 ダリルはセント・アイブスの地図を思い浮かべた。現在地から徒歩20分。

「行けます。」
「伯母が夕食前の30分だけ面会しても良いと申しております。伯母の部屋へ直接行って下さい。フロントは通さないで。部屋は7階のS2です。」
「わかりました。有り難うございます。」
「伯母はちょっと変わり者で気難しい人です。怒らせたと感じたら、すぐ待避して下さい。」

 最後はちょっと笑い声だったので、誰もが経験することなのだな、とダリルは想像した。 クロエルに、夕食が遅れそうなので先に出張所に帰ってもかまわない、と告げると、ダリルの監視も兼ねているクロエルは、冗談でしょ、と笑って同行することを同意した。帰るのが遅くなるとライサンダーが怒るだろうな、と思ったが、息子なりになんとかやるだろうと突き放した考えもあった。息子はもうすぐ18歳、成人になるのだ。