2016年10月15日土曜日

リンゼイ博士 11

 ロイヤル・ダルトン・ホテルグループは名門高級リゾート施設として知られていたが、セント・アイブスではこぢんまりとした建物で目立たなかった。部屋数も多くなく、大きなイベントも開かれない。しかし静かでゆったりとした空間には高価な調度品や装飾品がさりげなく配置され、館内には静かな音楽が流れていた。

「ううう・・・ムズ痒い・・・」

とクロエルが囁いた。

「僕ちゃん、こう言うの、苦手ですぅ・・・」

 ダリルは彼の横顔を見てクスッと笑った。クロエルの顔は、色は黒いが高貴な雰囲気が漂っている造りだ。このホテルの雰囲気にぴったりの貴公子にもなれるのに、心の芯から拒否している。ダリル自身も好きになれないと感じていたので、おかしさはなおさらだ。
ドーマーは上流階級でも通用する作法を躾けられているが、実際にその場に出かけることは滅多にないし、その世界の住人との付き合いもない。
 エレベーターで7階に上がると、高級感はますます上昇した。7階はS2と言う部屋しかなかったのだ。
 ドアチャイムを鳴らすと、宿泊者の秘書と名乗る女性が出迎え、リビングに案内された。 テーブルの上に軽食が並べられ、どうぞ召し上がれ、と言われた。

「時間が惜しいです。面会をお願いします。」

とダリルが要求すると、秘書は、面会出来るのは1人だけだと言った。するとクロエルがちゃっかり椅子に座り、自分はお茶して待ってます、といけしゃあしゃあと宣言した。
ここで夕食を済ませる魂胆だ。ダリルは仕方なく、秘書の案内で奥の部屋へ向かった。
 大統領の母親、アーシュラ・R・L・フラネリーは窓際に立って客を迎えた。午後6時はまだ陽が高く、逆光でダリルからは彼女の顔がはっきりと見えなかった。

「ダリル・セイヤーズ、貴方が姪を助けてくれたドーマーね。」

 アーシュラの第一声がそれだった、ダリルはおやっと思った。一般人は普通「ドーマー」と言う単語を使わない。遺伝子に関する仕事をしている人間にとっては珍しくなくても、一般人にとっては耳慣れぬ「業界用語」で、彼等はドーマーもコロニー人もひっくるめて「ドーム人」と呼ぶ。政治家の妻だから知っていると言う言葉でもないのだ。

「お忙しいところを無理を聞いて頂き、感謝します。」

 ダリルが挨拶すると、彼女は椅子に掛けるように、と言った。座ると、お茶か珈琲かと尋ねられたので、珈琲を選択すると、すぐに珈琲と少しばかりの食べ物が運ばれてきた。
本当は、時間制限など気にしていないのではないか、とダリルは疑った。
 アーシュラが少し立ち位置を移動して、ダリルはやっと彼女を見ることが出来た。
背の高い女性で、髪は真っ白だった。60代半ば、地球人としては高齢だが、背筋はまっすぐだし、足腰もしっかりしている。その目は冷たい薄い水色だった。ダリルはどきりとした。彼女は彼の身近な人によく似ていたからだ。

「トーラス野生動物保護団体に何のご用でしょうか?」
 
じっと彼を見つめる目つきは鋭く、まるで敵意を抱いている様だ。ダリルは正直に打ち明けた。

「大物のメーカーが団体に潜り込んでいる疑いがあります。ラムゼイ博士と呼ばれるコロニー人です。重力サスペンダーで歩行する老人で、昨日彼の部下たちを一網打尽にしたのですが、本人は別行動で逃げおおせました。その後、彼を知っているらしい人物が、我々が訪ねて行った直後にトーラス野生動物保護団体に連絡を入れました。彼は違法クローン製造の他に同業者の殺害や誘拐などの罪も重ねています。」

 アーシュラが黙っているので、ダリルはさらに押してみた。

「フラネリー大統領はクローン技術の開示をドームに求めておられますが、それは違法クローン製造取り締まりに関連していたはずです。大統領は取り締まりには積極的に協力して下さいます。その母上が理事を務められる団体に、メーカーが潜り込んでいるのは拙いのではありませんか?」
「ラムゼイとか言う人は会員にはいませんが?」
「では、重力サスペンダーを使用する老人はどうです? インド系の男性です。」
「ネコ科の動物のクローンを研究するリンゼイと言う博士がおられますが・・・」
 
 ダリルは端末にラムゼイの写真を出した、望遠撮影なので少しぼけているが、特徴は掴んでいる。アーシュラが溜息をついた。彼女はリンゼイ博士とラムゼイ博士が同一人物だと認めた。

「彼は30年前、一人息子を事故で失ったと言っていました。彼がクローン技術で息子の身代わりを創ろうと考えた気持ちは、私には理解出来ます。」

 彼女は突然敵意を剥き出しにした。

「私も息子を1人失いました。ドームが奪ったのです。女の子とすり替えて。」

 ダリルは心臓が停まるかと思った。何故ミズ・フラネリーが人類の極秘事項を知ってるのだ? ラムゼイが喋ったのか?
 アーシュラが近づいて来た。眼力のある水色の目でじっと見つめられて、ダリルは嘘をつくのが難しいと感じた。平静を装うのがやっとだった。

「誰がそんな話を貴女に吹き込んだのでしょう?」
「誰からも聞いておりません。こうやって・・・」

 アーシュラが手を伸ばし、ダリルの手を取った。

「・・・知ったのです。」

 衝撃だった。接触テレパスだ。ダリルは反射的に手を引っ込めた。心の動揺を抑えるのが難しかった。アーシュラは一瞬にしてどれだけの情報を彼から得たのだろう?
彼女の顔を見ると、驚いたことに相手も驚いていた。目を大きく見開いて、彼をいっそう強く見つめた。

「私と同じ力を持つ人を知っているのですね? 誰です? 何処にいるのですか?」

 彼女がテーブルを廻って来たので、ダリルも立ち上がった。

「その人は私の息子ではありませんか?」

 ダリルは彼女に触れられないよう距離を保たねばならなかった。

「ミズ。フラネリー、貴女は誤解しておられる。貴女のお子さんは貴女の娘です。」
「いいえ、あの子は私の娘ではあるけれど、私が産んだ子供ではありません。」

 アーシュラは足を止めてダリルに訴えた。

「私は確かに2人目も男の子を産みました。産声を上げてすぐに子供は別室に連れて行かれました。私が子供の顔を見る暇もありませんでしたが、私はあの子がお腹にいる時から男の子だとわかっていました。でも、授乳室で渡された赤ちゃんは女の子だったのです。私が違うと主張しても誰も聞いてくれませんでした。
 フランシスは確かに可愛い娘です。本当の親に返したくはありません。でも、私の息子は何故すり替えられたのでしょう? 息子はどうなってしまったのでしょう? 誰も教えてくれません。夫に訴えても信じてくれませんでした。私は病気扱いされ、惨めな思いをしました。フランシスには良い母親であろうと努力はしました。ですが・・・」

 彼女は両手で顔を覆った。

「私の弟の子供、あの子も義妹のお腹にいた時は男の子だったのに、ドームから帰った義妹が抱いていたのはアメリアだったのです。」

 ダリルはその場から逃げ出したくなった。大統領の母親は接触テレパスだ。しかも子宮の中にいる胎児の性別まで判別出来る強力な力を持っている。その上、彼女の夫の名はポール・・・ポール・フラネリー元上院議員だ。あの老政治家の顔を40歳ほど若返らせたら、かつて葉緑体毛髪だったあの髪の毛を取り除いたら・・・

ポール・レイン・ドーマーの顔になる!!