2016年10月22日土曜日

新生活 4

 クロエル・ドーマーはTシャツにジーンズの完全な私服姿だった。ポールも私服で、ダリル1人が着た切り雀のスーツだ。彼等は中央研究所の食堂に居た。ダリルは壁のこちら側は初めてだったので、マジックミラーの存在を教えられ、先日の合コンが多くの執政官やドーマー幹部達に見られていたことを初めて知った。ポールは承知の上での参加だったのだ。
 夜の10時近い食堂はがらんとしていた。コロニー人は24時間活動するので、食堂も24時間営業しているが、やはり夜中の利用者は少ない。たまに医療区関係者やドーム維持班が食事に来る程度だ。
 ポールは賑やかなクロエルが苦手かなと、ダリルは心配したが、杞憂だった。考えればチーフ会議でいつも顔を合わせている間柄だし、クロエルを嫌う人間なんているのか? と思える程、ポールがクロエルに気を許しているのが見て取れた。

「で? これから2人で同居するんですか?」

と遠慮無くクロエルが尋ねると、ポールは当然だと答えた。ダリルが意見を言う暇を与えずに、

「セイヤーズは一文無しだから、生活の面倒は当分俺が見なければならん。着る物も食い物も全部、俺が買ってやる。」
「そんじゃ、アパートを移らないと、狭いでしょ?」
「そうだな。移動申請を明日にでも出そう。」

 そして、ダリルに教えた。

「クロエル先生は、独身なのに妻帯者用アパートに住んでいるんだ。パーティ好きなんで広い場所が必要だとか言う理由だったと思うが、パーティーを開いたと言う話はまだ一度も聞いたことがない。」
「???」

 パーティー好きと言う理由で妻帯者用アパートに部屋をもらえるのか? ダリルは困惑してクロエルを見た。クロエルは希望が叶ったからくりを教える気はないらしく、ピッツァの最後の一切れをもぐもぐと食べてしまってから、

「忙しいんで、開く暇がないだけなの。」

と言い訳した。

「それに、おっかさんが来るしね。」
「おっかさん?」

 ダリルの疑問にポールが答えた。

「知らないのか? クロエルはラナ・ゴーンの養子だ。」
「ええ!!!!」

 ダリルはもう少しで手にしていたグラスを落とすところだった。
クロエルがやっと説明してくれた。

「正規じゃないですよ。コロニー人は地球人を宇宙に連れ出せないし、ラナが僕ちゃんを見つけた時はまだジャングル時代で、遺伝情報不明の子供を保護して引き取りたいって血迷っただけなんです。僕ちゃんはまだいたいけな子供だったんです。ラナはまだ月の事務局に勤務していて、たまたま視察団の1人として南米に行っただけ。
 当然ドームは養子縁組申請を却下したし、僕ちゃんはこっちへ送還されちゃった訳。
成人してから、副長官として赴任して来たラナと再会して、おっかさんと倅ごっこをしてるんです。」
「とか言いながら、結構彼女に甘えてるじゃないか。」
「でも仕事には一切関係ないですよ。」

 クロエルはいかにも母性をくすぐる顔で片眼を瞑って見せた。

「おっかさんはね、僕ちゃんにお嫁さん候補の情報を持ってくるんです。ドームの方針で、僕ちゃんのお嫁さんはコロニー人の中でインカ系の血筋の濃い女性と限定されているんですよ。地球人ではもう該当する女性がいないそうです。だけど、コロニー人にもそんな血筋の人って、なかなかいないでしょ? 見せられる写真って、おばちゃんばっかりで、僕は正直、げんなりしてます。」
「それなら、結婚しないで、子供だけ創らせておけば良いじゃないか。」

とポール。自身に息子がいると言う意識が希薄だ。 クロエルは不満顔だ。

「童貞で父親になるなんて、僕ちゃんは嫌なんですう・・・」
「だから、結婚は別の若い子として、子供は別・・・」
「ポール、そんな話は止めろよ。」

 ダリルは遂に口をはさんだ。

「家族って、そんな割り切れるものじゃないんだ。」

 ポールとクロエルが彼を見た。え? とダリルは戸惑った。何か間違ったことを言ったか?

「家族だと?」
「ドーマーに家族?」

ポールとクロエルは顔を見合わせ、吹き出した。 ダリルは、結婚や家族と言った概念が彼等と自身のでは違うことを思い知らされた。2人とも「結婚」は「好きな相手と一緒に暮らすこと」で、それ以上のものではない。「家族」なんて、持つつもりもない。
ラナ・ゴーンは、クロエルを息子として扱い、その生涯のどこかに彼女の位置があればと願っているだろう。しかし、クロエルにとっては、「おっかさん」は「可愛がってくれる人」でしかないのだ、きっと。
 ポールも「結婚」は念頭にない。ダリルと一緒にこれからずっと暮らせれば幸せなのだ。「母親」の存在など、これっぽちも意識にない。父親も兄も従妹も、彼には存在しないに等しい。

 例えアーシュラの願いを叶えても、彼女はただ寂しい想いをするだけではなかろうか?