消毒室で乾燥機の風を浴びながら、ケンウッドは先刻耳にした話をペルラ・ドーマーに確認した。
「リン長官がダリル・セイヤーズ・ドーマーをドーマー交換に出したと言うのは、もう決定事項なのか?」
「そうです。」
ペルラ・ドーマーは固い表情で頷いた。
「2時間前に通達が来ました。」
「しかし、ドーマー交換は遺伝子管理局の許可がないと決められないだろう?」
「でも、セイヤーズは転属願いを書いてしまったんですよ。」
地球上のドームでは年に1回、ドーマーを何人か交換する。ドーマーの生殖細胞は女性誕生の研究に用いられるが、多くはコロニー人の女性の卵子から製造するクローン卵子に受精させて子供を作るのに使用される。健康で優秀な頭脳を持つ子供を生みだし、地球の将来の担い手にするのだ。子供達はほぼ全員養子に出されて結婚許可をもらえない男性達に育てられる。ドームでは地上に放つ遺伝子が偏らないように、時々大陸間で若いドーマーを異動させるのだ。
交換されるドーマーは通常執政官が候補生を選び、遺伝子管理局に提出する。遺伝子管理局は対象ドーマーを本部に呼んで、当人の意見を聞く。多くの場合、ドーマー達は拒否しない。執政官に逆らわないように躾けられているし、意に染まなくても30歳になれば自身の意志で住みたいドームを決めることが出来るからだ。
当人が承知して初めて遺伝子管理局に当人の手で転属願いを書く。遺伝子管理局が書類を審査し、それをドーム長官と遺伝子管理局長が承認して、先方のドームに送る。先方から受け容れ承認が来れば、対象ドーマーは引っ越して行く。
ダリル・セイヤーズ・ドーマーの転属願いは、中央研究所で書かれた。書かされたのだ。地球人の味方が1人もいない長官室で。遺伝子管理局の面接もなく。局長の許可もなく。
「ノバックが承認の署名を局長の欄に書いていました。」
ペルラ・ドーマーの顔は怒りで赤くなった。
「執政官幹部会議も執政官会議もなかったぞ。」
とケンウッドは呻く様に言った。セイヤーズは性格が良いので、ドーム内では人気があった。会議を開けば、交換に出すなどもってのほか、と反対されたはずだ。それに、セイヤーズには恋人がいる。長官お気に入りのポール・レイン・ドーマーだ。セイヤーズを邪魔者として排除するのが目的だと見え見えだ。
レインは恋人を救えなかったのか。
幹部になっていれば意見も言えただろうが、まだ入局2年目の若造だ。幹部候補に推薦されているが、長官はペットの無駄吠えとしか感じないだろう。
消毒室を出ると、ジェル浴室内の人数が増えていることに気が付いた。消毒を受けている間にコートニー医療区長、麻酔医や助手達が中に呼ばれたのだ。ペルラ・ドーマーが顔をしかめた。
「まさか、今手術をするって言うのですか?」
ハイネの体力が戻ってから、と言う話ではなかったか。体力を取り戻す為に目覚めさせたのだ。それが目覚めた途端に手術に取りかかるのか?
ケンウッドはコートニーが走査パネルを部下達に指し示すのを見た。ガラス越しで判然としないがパネルの赤点が増えている様な気がした。
「黴が重力を感じて増殖し始めたのではないかな・・・」
今までもジェル交換の度に黴は増えたり減ったりしていたのだ。だからハイネは一向に恢復しなかった。意識が戻った途端にまたジェルの中に戻す訳にはいかない。ヤマザキ医師は一気に片を付ける決心をしたのだ。
マイクが切られていた。ジェル浴室の中は患者と医療専門家達だけの場所になっていた。
「リン長官がダリル・セイヤーズ・ドーマーをドーマー交換に出したと言うのは、もう決定事項なのか?」
「そうです。」
ペルラ・ドーマーは固い表情で頷いた。
「2時間前に通達が来ました。」
「しかし、ドーマー交換は遺伝子管理局の許可がないと決められないだろう?」
「でも、セイヤーズは転属願いを書いてしまったんですよ。」
地球上のドームでは年に1回、ドーマーを何人か交換する。ドーマーの生殖細胞は女性誕生の研究に用いられるが、多くはコロニー人の女性の卵子から製造するクローン卵子に受精させて子供を作るのに使用される。健康で優秀な頭脳を持つ子供を生みだし、地球の将来の担い手にするのだ。子供達はほぼ全員養子に出されて結婚許可をもらえない男性達に育てられる。ドームでは地上に放つ遺伝子が偏らないように、時々大陸間で若いドーマーを異動させるのだ。
交換されるドーマーは通常執政官が候補生を選び、遺伝子管理局に提出する。遺伝子管理局は対象ドーマーを本部に呼んで、当人の意見を聞く。多くの場合、ドーマー達は拒否しない。執政官に逆らわないように躾けられているし、意に染まなくても30歳になれば自身の意志で住みたいドームを決めることが出来るからだ。
当人が承知して初めて遺伝子管理局に当人の手で転属願いを書く。遺伝子管理局が書類を審査し、それをドーム長官と遺伝子管理局長が承認して、先方のドームに送る。先方から受け容れ承認が来れば、対象ドーマーは引っ越して行く。
ダリル・セイヤーズ・ドーマーの転属願いは、中央研究所で書かれた。書かされたのだ。地球人の味方が1人もいない長官室で。遺伝子管理局の面接もなく。局長の許可もなく。
「ノバックが承認の署名を局長の欄に書いていました。」
ペルラ・ドーマーの顔は怒りで赤くなった。
「執政官幹部会議も執政官会議もなかったぞ。」
とケンウッドは呻く様に言った。セイヤーズは性格が良いので、ドーム内では人気があった。会議を開けば、交換に出すなどもってのほか、と反対されたはずだ。それに、セイヤーズには恋人がいる。長官お気に入りのポール・レイン・ドーマーだ。セイヤーズを邪魔者として排除するのが目的だと見え見えだ。
レインは恋人を救えなかったのか。
幹部になっていれば意見も言えただろうが、まだ入局2年目の若造だ。幹部候補に推薦されているが、長官はペットの無駄吠えとしか感じないだろう。
消毒室を出ると、ジェル浴室内の人数が増えていることに気が付いた。消毒を受けている間にコートニー医療区長、麻酔医や助手達が中に呼ばれたのだ。ペルラ・ドーマーが顔をしかめた。
「まさか、今手術をするって言うのですか?」
ハイネの体力が戻ってから、と言う話ではなかったか。体力を取り戻す為に目覚めさせたのだ。それが目覚めた途端に手術に取りかかるのか?
ケンウッドはコートニーが走査パネルを部下達に指し示すのを見た。ガラス越しで判然としないがパネルの赤点が増えている様な気がした。
「黴が重力を感じて増殖し始めたのではないかな・・・」
今までもジェル交換の度に黴は増えたり減ったりしていたのだ。だからハイネは一向に恢復しなかった。意識が戻った途端にまたジェルの中に戻す訳にはいかない。ヤマザキ医師は一気に片を付ける決心をしたのだ。
マイクが切られていた。ジェル浴室の中は患者と医療専門家達だけの場所になっていた。