翌朝、ケンウッドはアパートを出て中央研究所の食堂へ向かった。中央研究所の食堂は広い。その8割は「聖地」出産管理区に属しており、ドーム住人の場所とはマジックミラーの壁で仕切られている。研究所側からは出産管理区の女性達の食事風景が見られるが、反対側からは見えない。四季折々のアメリカの大自然の風景の映像が流れているだけだ。
研究所側は、別に女性の姿を愛でる目的で見ているのではない。妊産婦達の健康状態を食事をする様子で観察しているのだ。どこか様子がおかしいと思えば、すぐに壁の向こう側に連絡をする。連絡は執政官でもドーマーでも、誰もが出来る。体調の悪そうな女性がいるテーブル番号と女性の特徴を告げれば良い。直ぐに係のドーマーが駆けつけ、声を掛ける。
ケンウッドはドーマー達が利用する一般食堂の方が好きで、執政官の朝食会がなければ必ずそちらへ行く。しかし今朝は目的があったので中央研究所の方へ行った。
早い時間だったので、壁の向こう側は人数が少なく、こちら側もパラパラとしか人がいなかった。ケンウッドが会いたい人は、壁の近くで食事をしていた。
軽くカールした赤毛を長く伸ばして、ちょっと流行に後れた感じのデザイン服を着た50代半ばのスリムな美女が、シリアルにミルクを掛けていた。執政官の50代だから外の地球人には30代から40代に見えるだろう。いや、彼女はその美貌からもっと若く見てもらえるかも知れない。
ケンウッドは彼女のテーブルの横に立った。
「おはようございます、セドウィック博士。同席してよろしいでしょうか?」
赤毛の女性は彼を見上げた。
「あら、貴方は中央研究所の・・・」
「ケンウッドです。ニコラス・ケンウッド、皮膚の老化の研究をしています。」
「おはようございます、ケンウッド博士。どうぞ、おかけ下さい。」
にこやかに微笑んで見せるが、彼女の意識の半分は壁の向こうにある。キーラ・セドウィック博士は、出産管理区の責任者だ。「聖地」を守っている重要な役職だ。ドームのこちら側の住人は執政官と雖も彼女の機嫌を損ねるとここに居られなくなると言われている。長官も彼女には意見を言えない。彼女は事実上ドームの女帝だった。
ケンウッドは彼のトレイをテーブルに置き、食事を始めた。彼女ももりもりと食べている。彼はどうやって切り出そうかと考えていた。何を言っても彼女を怒らせる様な気がした。
食事が終わりかける頃、やっと彼女の方から声を掛けてきた。
「考え事をしながら食べても体の為になりませんことよ、ケンウッド博士。」
「そうですか?」
「私に何のご用ですの?」
ケンウッドは手を止めた。彼女を見ると、女帝はグレーの目で彼をじっと見ていた。
「こんなにテーブルが空いているのに、わざわざここにいらしたのですもの、私に何か仰りたいことがあるのでしょう?」
ケンウッドは覚悟を決めて、フォークとナイフを置いた。
「セドウィック博士・・・」
「キーラと呼んで下さい、私の姓は発音しにくいでしょう。」
「では、キーラ博士、貴女の機嫌を損ねることを申しますが・・・」
「勿体ぶらないで。」
ケンウッドは深呼吸してから、言った。
「ドーマーをペット扱いするのは良くありません。」
彼は彼女に平手打ちを食らうことも覚悟していた。しかし、キーラは彼をじっと見つめたまま。珈琲を一口飲んで、口元をナプキンで拭ってから言った。
「あれからモニター室に行かれたのね。」
「え?」
「男4人であれを見たのでしょう?」
「・・・」
研究所側は、別に女性の姿を愛でる目的で見ているのではない。妊産婦達の健康状態を食事をする様子で観察しているのだ。どこか様子がおかしいと思えば、すぐに壁の向こう側に連絡をする。連絡は執政官でもドーマーでも、誰もが出来る。体調の悪そうな女性がいるテーブル番号と女性の特徴を告げれば良い。直ぐに係のドーマーが駆けつけ、声を掛ける。
ケンウッドはドーマー達が利用する一般食堂の方が好きで、執政官の朝食会がなければ必ずそちらへ行く。しかし今朝は目的があったので中央研究所の方へ行った。
早い時間だったので、壁の向こう側は人数が少なく、こちら側もパラパラとしか人がいなかった。ケンウッドが会いたい人は、壁の近くで食事をしていた。
軽くカールした赤毛を長く伸ばして、ちょっと流行に後れた感じのデザイン服を着た50代半ばのスリムな美女が、シリアルにミルクを掛けていた。執政官の50代だから外の地球人には30代から40代に見えるだろう。いや、彼女はその美貌からもっと若く見てもらえるかも知れない。
ケンウッドは彼女のテーブルの横に立った。
「おはようございます、セドウィック博士。同席してよろしいでしょうか?」
赤毛の女性は彼を見上げた。
「あら、貴方は中央研究所の・・・」
「ケンウッドです。ニコラス・ケンウッド、皮膚の老化の研究をしています。」
「おはようございます、ケンウッド博士。どうぞ、おかけ下さい。」
にこやかに微笑んで見せるが、彼女の意識の半分は壁の向こうにある。キーラ・セドウィック博士は、出産管理区の責任者だ。「聖地」を守っている重要な役職だ。ドームのこちら側の住人は執政官と雖も彼女の機嫌を損ねるとここに居られなくなると言われている。長官も彼女には意見を言えない。彼女は事実上ドームの女帝だった。
ケンウッドは彼のトレイをテーブルに置き、食事を始めた。彼女ももりもりと食べている。彼はどうやって切り出そうかと考えていた。何を言っても彼女を怒らせる様な気がした。
食事が終わりかける頃、やっと彼女の方から声を掛けてきた。
「考え事をしながら食べても体の為になりませんことよ、ケンウッド博士。」
「そうですか?」
「私に何のご用ですの?」
ケンウッドは手を止めた。彼女を見ると、女帝はグレーの目で彼をじっと見ていた。
「こんなにテーブルが空いているのに、わざわざここにいらしたのですもの、私に何か仰りたいことがあるのでしょう?」
ケンウッドは覚悟を決めて、フォークとナイフを置いた。
「セドウィック博士・・・」
「キーラと呼んで下さい、私の姓は発音しにくいでしょう。」
「では、キーラ博士、貴女の機嫌を損ねることを申しますが・・・」
「勿体ぶらないで。」
ケンウッドは深呼吸してから、言った。
「ドーマーをペット扱いするのは良くありません。」
彼は彼女に平手打ちを食らうことも覚悟していた。しかし、キーラは彼をじっと見つめたまま。珈琲を一口飲んで、口元をナプキンで拭ってから言った。
「あれからモニター室に行かれたのね。」
「え?」
「男4人であれを見たのでしょう?」
「・・・」