2017年7月19日水曜日

侵略者 6 - 11

 会議室のドアをノックすると保安課員が開けてくれた。部屋の中で、クーリッジがテレビカメラをいじっていた。若いコロニー人の男が顔を真っ赤にして保安課長にカメラの扱いを慎重にしてくれと訴えているところだった。2人から少し離れた位置に立っているリン長官が男の持ち物を検めていた。
 ケンウッドが室内を覗き込んでいるのをリンが見つけた。

「その赤頭巾ちゃんは誰だ?」
「中央研究所のニコラス・ケンウッドです。」

とケンウッドは素直に名乗った。

「友人の部屋に不審人物が侵入したと耳にしたので様子を見に来ました。不審者とは、その男ですか?」

 男が自己紹介した。

「ガニメデ通信社のカール・ケンプフェルトです。クローンの子供達の現状を取材に来ました。」

 リン長官がグッと彼を睨んだ。

「今日は祭りの取材を許可したが、当ドームの研究や方針に関する取材要請を受けた覚えはない。」

 するとクーリッジがカメラを机の上に置いて言った。

「確かに、少年達の画像が多いようです。観察棟に残っている重症患者ばかりですね。」

 ケンウッドはケンプフェルトを見た。

「体調が悪くて臥せっている子供達を撮影したのですか?」
「そう言う子供しかいませんでしたね。」
「体調の良い子供達は外出許可を与えられて遊びに行っているのです。」
「そもそもクローン収容施設を取材する本当の目的は何だ?」

 リン長官が警戒心剥き出しで尋ねた。遺伝子管理局長を幽閉していることを知られたくないのだ。
 ケンプフェルトは正義のジャーナリストと自負しているかの様に胸を張って答えた。

「クローンがクローンと言うだけの理由で虐待されていると言う噂をご存じですか?」
「当ドームにそんな疑惑はない!」

 クーリッジもリン長官に味方した。

「その噂は太平洋の向こう側のドームで起きた事件だろう? あれは事故で、虐待でも何でもないと証明されたはずだ。」

 ジャーナリストは引き下がらなかった。

「地球人類復活委員会は秘密主義が多すぎる。少なくとも地球人にはもっと情報を公開するべきだと思いませんか? クローンが逮捕後どうなるのか知らない人々が多い。」
「クローンの処遇はきちんと広報で知らせている。プライバシーの問題があるから顔写真や氏名を公表出来ないだけだ。」
「遺伝子管理局はどう考えているのですか? 局長の意見も聞きたいですね。コロニー人側の言いなりになっていると言う噂もあるのですよ?」

 リン長官とクーリッジ保安課長が互いの顔を見合わせた。当然のことながら長官は局長と記者を会わせたくない。保安課長はコロニー人だが、幽閉中の局長を祭りの日限定で遊びに行かせたことを長官に知られたくなかった。
 リン長官が咳払いした。

「以前にも公表したと思うが、ハイネ局長は病気療養中だ。」
「インタビューも出来ない程悪いのですか?」

 ケンプフェルトは引き下がらない。
 リン長官はクーリッジをまた見た。ハイネを呼ぶべきだろうか? と目で問うたが、クーリッジはハイネが外出していると思っているので、長官の期待には添えない。だから、面会させられないと言おうとした。
 するとケンウッドの背後でハイネ局長の声がした。

「ここの執政官はクローン達を大事に扱っていますよ。」

   白雪姫とアルテミスがギョッとして戸口を振り返った。Tシャツにコットンパンツ姿のハイネが立っていた。大急ぎで着替えたのだろう、髪が少し乱れて、唇もまだほんのり赤く紅が残っている。しかし、2人の幹部執政官よりケンプフェルト記者の驚きの方が大きかった。

「本物のローガン・ハイネだ!」

 彼は机の上のカメラに手を伸ばした。クーリッジの部下が素早く彼の手を押さえた。

「撮影禁止と言っただろう!」

 保安課員はコロニー人と雖もルールを破る者には容赦しない。ジャーナリストが抗議した。

「彼は最近2年間祭りに出てこなかった。巷では死亡説まで流れていたんだ。ここで撮影しなければ生存の証拠画像が撮れないじゃないか!」

 ケンウッドは後ろを振り返ってハイネ局長を見た。ハイネが肩をすくめ、長官は白雪姫の厚塗り化粧の下で顔をしかめた。クーリッジの方はホッとして肩の力を抜いていた。

「規則に従って頂きたい。ここは撮影禁止だ。」

 クーリッジがきっぱりと宣言した。

「子供達が神経質になってしまう。撮影は広場の方でお願いする。」
「何を撮影したんです?」

 ハイネが机に歩み寄り、ケンプフェルトのカメラを手に取った。慣れた手つきで再生ボタンを押し、記録画像を眺め、更にボタン操作をして、データ初期化を押した。ケンウッドはカメラの画面に「初期化終了」のメッセージを読み取り、リン長官もそれを見た。長官が呟いた。

「でかしたぞ、ハイネ。」

 ケンプフェルトが怒りで赤くなった。しかしハイネは一向に気にせずに、彼を無視して長官に向き直った。

「捕まえた時に直ぐにデータを消して広場に叩き出してしまえば良かったのです。いちいち言い分を聞いていたら、現在ドーム内にいるマスコミ連中全員を相手にするはめになりますよ。」
「次はそうする。」

 ドーマーに諭されて、白雪姫はブスッと応えた。
クーリッジが部下に命じてケンプフェルトを会議室の外へ連行して行った。記者が「権力者の横暴だ」と喚いていたが、すぐに静かになった。麻酔薬を打たれたのだな、とケンウッドは思った。祭りが終わる迄、ケンプフェルトは眠っているだろう。
 ハイネがリン長官に軽く黙礼して出て行こうとした。大人しく幽閉されている部屋に戻るつもりだ。長官が「局長」と呼び止めた。

「折角の休日だ。私のアパートに来ないか? これからのドームのことを2人でゆっくり話合いたい。」

 ケンウッドは小さく首を振った。長官執務室ならわかるが、アパートの私室とは奇妙な場所に誘うものだ。ドームの居住区にあるアパートは、監視カメラだらけのドームの中で唯一プライバシーを守れる場所だ。逆に言えば、中で犯罪が行われても防ぎようがない。
 長官嫌いのハイネがそんな誘いに応じる訳がない。問題はどうやって断るかだ。

「お誘いは有り難いのですが・・・」

とローガン・ハイネ・ドーマーは言った。

「保安課員に頼んでクワトロ・フォルマッジの特大サイズを買いに行ってもらっているのです。もうすぐ戻って来るはずですから、チーズが固まらないうちに食べたいと思います。
それでは、失礼。」

 彼は部屋を出る際にケンウッドと目を合わせた。「来い」と言われたような気がして、ケンウッドは慌てて長官に「では、表彰式で」と言い、部屋から足早に出た。