2017年7月30日日曜日

侵略者 8 - 8

 ケンウッドは夕食後に観察棟のハイネ局長の部屋を訪れた。その日の日中いっぱいハイネが医療区で見極め検査を受けたので、その結果を早く知りたかった。そして思った。もし見極めが通れば、一両日中にハイネは観察棟の幽閉から開放され、遺伝子管理局本部の局長室に還る。そうなれば、もう今みたいに気安く面会に行けなくなる。遺伝子管理局はドームの中にあっても地球人だけの役所だからだ。どんなにドーマー達と親しくなっても入るには入り口の受付で入館パスをもらわなければならない。ケンウッドにはヘンリー・パーシバルの様にお菓子で受付を買収する度胸がなかった。
 ドアをノックしてから開くと、いきなりハイネの悲鳴が耳に入ってきた。

「痛い! もっと優しくしてくれ!」
「なによ! これ以上優しくしたら効かないって文句垂れるのは貴方でしょう?!」

 ベッドの上で俯せになったハイネの腰の辺りにキーラ・セドウィック博士が跨がっていた。キーラ博士は自身の指で彼の背に指圧を施している最中だった。
 ケンウッドが咳払いすると、2人が同時に振り向いた。ケンウッドは今晩はと挨拶した。ハイネが今晩はと返事をしてくれたが、キーラ博士はムッとした表情をしただけだった。お楽しみの邪魔をされて機嫌を損ねた様だ。彼女は思いきり彼の背中のツボを圧して、彼がまた声を上げた。

「もう良い、お疲れ様。」

 ふんっと彼女は言って、彼の上から降りた。そしてケンウッドを見て言った。

「貴方もいかが、ケンウッド博士?」
「あ・・・いや、私は結構・・・」

 なんとなく指圧ではなく首を絞められそうな気がした。
 ハイネが起き上がった。ちょっと体を捻って効果のほどを確かめている。彼女が尋ねた。

「少しは楽になったかしら?」
「うん、有り難う。」

 本当かしら? と言いたげな表情で彼女はバスルームに入った。ケンウッドは会議用テーブルの椅子に座って、ハイネを見た。

「見極め検査はどうだった?」
「多分、合格でしょう。」
「多分?」
「最後の検査だけ、逃げ出したので。」

 するとカーテン越しにキーラ博士が言った。

「サンテシマが見ている前で検体採取はないわよね。」

 ああ、とケンウッドは合点がいった。ドーマーの健診には必ず検体採取が付いて来る。それがドーマーを育てる本来の目的だから仕方が無いのだが、ドーマー達はこれが一番好きではない。ケンウッドが知っている限り、何故かローガン・ハイネ・ドーマーには「お勤め」がない。高齢だからと言う理由ではなさそうだ。ハイネの肉体は見た目のままなのだから。

「今日の見極めには検体採取が含まれていたのだね?」
「最後に。それで疲れたと言い訳して勘弁してもらったのですが、サンテシマ・ルイス・リンは不満そうでしたね。」
 
 まさかハイネは不能ではあるまい。それならそれでちゃんと医療区は考慮して検査項目から外しているはずだ。

「兎に角、リンを1日若いドーマー達から引き離せたので、目的は果たせました。」
「君が自ら囮になるとは、畏れ入ったよ。」

 キーラ博士がバスルームから出て来た。彼女は運動着から私服に着替えただけだった。
ドーマーの背中に跨がるには運動着の方が動きやすいのだろう。

「私は帰るわね。」

と彼女が声を掛けた。ハイネが手を振った。彼女はただマッサージする為に来たのだろうか。ケンウッドは彼女とハイネの関係をまだ把握出来ずにいた。彼女がケンウッドに言った。

「疲れたらいつでも声を掛けていただいてよろしいのよ、ケンウッド博士。コロニー人の男性の筋肉は地球人の女性の筋肉と大して変わりませんからね。地球人の男は固くて・・・」

 ハイネが顔をしかめて、早く帰れ、とまた手を振った。キーラ博士は彼にイーッとして、ケンウッドにはニッコリ微笑みかけて部屋から出て行った。
 2人きりになったので、ケンウッドは訊いてみた。

「君が彼女を呼んだのか?」
「向こうから押しかけて来たんです。」

 ハイネは余り触れて欲しくなさそうだ。もっと突っ込んで訊いてみたいが、観察棟なのでモニターされている。ケンウッドは自重した。

「リン長官はずっと君の検査に立ち会ったのか?」
「ええ・・・べったりと・・・」

 ハイネは思い出すと気持ちが悪くなったらしく、うんざりとした表情をして見せた。

「男が男の体を見て、何が面白いのでしょうね。」

 さっきまで美女を腰の上に載せていたハイネがそう言うので、ケンウッドは可笑しくなった。考えてみれば、ハイネはキーラ博士でなくても医療区の女性スタッフに触れられても平気なのだ。男が触る時だけ嫌がっている。要するに・・・

 ハイネは人間の男として普通の反応をしているだけだ。周囲の方が男社会で可笑しくなっているのだ・・・