真夏になった。ドームの中は暑くはないが、それでも太陽は眩しいし、空調が頑張っても気温は高い。
ケンウッドは観察棟へ足を運んだ。「お勤め」を果たしてもらうドーマーのリストを遺伝子管理局長に承認してもらう為だ。「お勤め」はドーマーを育てる一番の目的だ。ドーマー達は年に最低1回、「お勤め」を果たす為に中央研究所に呼ばれる。血液を採取され、走査検査を受け、必要ならば執政官による触診もある。健康診断なのだが、最後に「検体採取」、即ち精液の採取がある。コロニー人の女性から提供された卵子のクローンと受精させて子供を創るのだ。受精させて生まれる子供が女性であればみんな幸せだろうが、不幸なことに男子しか生まれない。執政官達は失望しながらも、研究を続ける。
「お勤め」に呼ばれるドーマー達は日常の業務内容に関係なく研究所に行かねばならない。だからドーマーは「お勤め」に当たるのを嫌がる。担当する執政官も籤で決められるので、好きでない執政官に当たると不幸だ。だから、ケンウッドはドーマー達の日頃の発言や行動に注意を払って、出来るだけ彼等が不愉快な思いをせずに済むローテーションで順番を決めることにしていた。
執政官は検査対象にしたいドーマーを数人選び出し、それをリストにして遺伝子管理局に提出する。遺伝子管理局はそれが適切か否か判断して、認めればドーマーに出頭命令を出す。リストの名前全員が認可されることがあれば、全員却下の時もあるし、1人だけ認められると言うこともある。執政官にとってもこれは地球人側から審査されている様なもので、緊張する。
遺伝子管理局長の仮局長室に入ると、見慣れないドーマーが室内にいた。会議用テーブルに着いて、テーブルの上に広げた書類に目を通していた。きちんとスーツを着て、タイも締めているので、遺伝子管理局の人間だと見当が付いたが、ケンウッドの記憶にはない顔だった。現役局員の多くは訓練所時代にケンウッドの授業を受けたので、ケンウッドは彼等の顔ぐらいなら全員覚えている。だから知らないドーマーを見て、他所のドームの遺伝子管理局の遣いかと思った。
第1秘書のグレゴリー・ペルラ・ドーマーはケンウッドがドアをノックして入室すると、ちょっと固い表情をした。
「『お勤め』リストですか?」
「そうだ。今回は3人希望なのだが、最低数なので、これより減らさないで欲しい。」
ペルラ・ドーマーはリストを受け取り、サッと目を通した。ケンウッドは知らないドーマーが気になったが、目をハイネ局長に向けた。ハイネは自身のコンピュータを見ているふりをしながら、やはりテーブルのドーマーを観察していた。
ペルラ・ドーマーが口を開いた。
「この面子でしたら、問題ないと思います。局長にご自身で渡して承認をもらって下さい。」
秘書の許可が出たので、ケンウッドはリストを返してもらい、ハイネの執務机の前へ行った。テーブルのドーマーが目だけを上げて彼を見たのを感じた。ケンウッドは紹介がないこのドーマーを無視すべきか迷いながら、ハイネに声を掛けた。
「『お勤め』リストの承認を頂きたい。」
テーブルのドーマーがいなければ、「やぁ、リストに承認をもらえるかな」と砕けた言い方をしていたところだ。
ハイネは視線をケンウッドに向けて、柔らかな表情で頷き、リストを受け取った。すると、テーブルのドーマーが声を掛けてきた。
「局長、私にも見せて頂けますか?」
ケンウッドはムッとした。初対面で、紹介もなく、いきなり執政官の書類を見るとは、どんな了見だ?
するとハイネが相手に言った。
「見たければ、こちらへ来い。」
テーブルのドーマーが立ち上がり、ケンウッドの横へ来た。そして、いきなりケンウッドに自己紹介した。
「遺伝子管理局内務捜査班のチーフ、ジャン=カルロス・ロッシーニ・ドーマーです。」
ああ、そうなのか、とケンウッドはやっと合点がいった。内務捜査班はドームの警察機構みたいな組織だが、主に執政官の不正研究の摘発が仕事だ。だからあまり表だって身分を明かさない。コロニー人は彼等を維持班のドーマーだと思っているが、実は助手や研究所職員に紛れ込んで執政官の仕事を見張っているのだ。それ故、執政官の中には「内務捜査班狩り」と称して研究所内のドーマーの行動を探っている者もいる。
そう言えば内務捜査班はハイネの古巣だったな。白い髪の有名人のハイネがどうやって潜入業務を行っていたのだろう?
ケンウッドはロッシーニ・ドーマーに愛想良く微笑んで見せた。
「中央研究所のニコラス・ケンウッドだ。」
ケンウッドは観察棟へ足を運んだ。「お勤め」を果たしてもらうドーマーのリストを遺伝子管理局長に承認してもらう為だ。「お勤め」はドーマーを育てる一番の目的だ。ドーマー達は年に最低1回、「お勤め」を果たす為に中央研究所に呼ばれる。血液を採取され、走査検査を受け、必要ならば執政官による触診もある。健康診断なのだが、最後に「検体採取」、即ち精液の採取がある。コロニー人の女性から提供された卵子のクローンと受精させて子供を創るのだ。受精させて生まれる子供が女性であればみんな幸せだろうが、不幸なことに男子しか生まれない。執政官達は失望しながらも、研究を続ける。
「お勤め」に呼ばれるドーマー達は日常の業務内容に関係なく研究所に行かねばならない。だからドーマーは「お勤め」に当たるのを嫌がる。担当する執政官も籤で決められるので、好きでない執政官に当たると不幸だ。だから、ケンウッドはドーマー達の日頃の発言や行動に注意を払って、出来るだけ彼等が不愉快な思いをせずに済むローテーションで順番を決めることにしていた。
執政官は検査対象にしたいドーマーを数人選び出し、それをリストにして遺伝子管理局に提出する。遺伝子管理局はそれが適切か否か判断して、認めればドーマーに出頭命令を出す。リストの名前全員が認可されることがあれば、全員却下の時もあるし、1人だけ認められると言うこともある。執政官にとってもこれは地球人側から審査されている様なもので、緊張する。
遺伝子管理局長の仮局長室に入ると、見慣れないドーマーが室内にいた。会議用テーブルに着いて、テーブルの上に広げた書類に目を通していた。きちんとスーツを着て、タイも締めているので、遺伝子管理局の人間だと見当が付いたが、ケンウッドの記憶にはない顔だった。現役局員の多くは訓練所時代にケンウッドの授業を受けたので、ケンウッドは彼等の顔ぐらいなら全員覚えている。だから知らないドーマーを見て、他所のドームの遺伝子管理局の遣いかと思った。
第1秘書のグレゴリー・ペルラ・ドーマーはケンウッドがドアをノックして入室すると、ちょっと固い表情をした。
「『お勤め』リストですか?」
「そうだ。今回は3人希望なのだが、最低数なので、これより減らさないで欲しい。」
ペルラ・ドーマーはリストを受け取り、サッと目を通した。ケンウッドは知らないドーマーが気になったが、目をハイネ局長に向けた。ハイネは自身のコンピュータを見ているふりをしながら、やはりテーブルのドーマーを観察していた。
ペルラ・ドーマーが口を開いた。
「この面子でしたら、問題ないと思います。局長にご自身で渡して承認をもらって下さい。」
秘書の許可が出たので、ケンウッドはリストを返してもらい、ハイネの執務机の前へ行った。テーブルのドーマーが目だけを上げて彼を見たのを感じた。ケンウッドは紹介がないこのドーマーを無視すべきか迷いながら、ハイネに声を掛けた。
「『お勤め』リストの承認を頂きたい。」
テーブルのドーマーがいなければ、「やぁ、リストに承認をもらえるかな」と砕けた言い方をしていたところだ。
ハイネは視線をケンウッドに向けて、柔らかな表情で頷き、リストを受け取った。すると、テーブルのドーマーが声を掛けてきた。
「局長、私にも見せて頂けますか?」
ケンウッドはムッとした。初対面で、紹介もなく、いきなり執政官の書類を見るとは、どんな了見だ?
するとハイネが相手に言った。
「見たければ、こちらへ来い。」
テーブルのドーマーが立ち上がり、ケンウッドの横へ来た。そして、いきなりケンウッドに自己紹介した。
「遺伝子管理局内務捜査班のチーフ、ジャン=カルロス・ロッシーニ・ドーマーです。」
ああ、そうなのか、とケンウッドはやっと合点がいった。内務捜査班はドームの警察機構みたいな組織だが、主に執政官の不正研究の摘発が仕事だ。だからあまり表だって身分を明かさない。コロニー人は彼等を維持班のドーマーだと思っているが、実は助手や研究所職員に紛れ込んで執政官の仕事を見張っているのだ。それ故、執政官の中には「内務捜査班狩り」と称して研究所内のドーマーの行動を探っている者もいる。
そう言えば内務捜査班はハイネの古巣だったな。白い髪の有名人のハイネがどうやって潜入業務を行っていたのだろう?
ケンウッドはロッシーニ・ドーマーに愛想良く微笑んで見せた。
「中央研究所のニコラス・ケンウッドだ。」