2017年7月15日土曜日

侵略者 6 - 4

 ペルラ・ドーマーが火傷を負った過去から意外な方向へ話が向かったが、ドーマー達が話せるのはそこまでだった。常軌を逸してしまった執政官サタジット・ラムジーは30年前に姿を消し、彼が創ったかも知れない古代人の胚は実在の確認も取れぬまま人々の記憶から忘れ去られていた。
 遠い過去の話を語ったローガン・ハイネ・ドーマーは少し疲れたのか、暫く黙ってテーブルに両肘を突き、組んだ手の上に顎を載せて目を閉じていた。腕がしっかり立っているので昏睡しているのではない、とヤマザキ医師は判断した。彼はペルラ・ドーマーの診断結果を当人に手渡し、マッサージ室の予約を取るサイトを紹介した。
 パーシバルは何気なく室内を見廻しながら、ハイネに質問した。

「君の古巣の内務捜査班は君がここに閉じ込められているのに捜査に乗り出さないのか?」

 サンテシマ・ルイス・リン長官がしていることは不正研究ではないが、立派な人権蹂躙だ。するとペルラ・ドーマーがパーシバルにちょっと怒った表情を作って見せながら言った。

「その件に関しては、執政官の貴方に私達の口からは何も申せません、博士。」

 つまり、捜査中と言う意味だ、とケンウッドは思った。人権蹂躙は証拠集めが大切だ。内務捜査班はきっとドーマー達から証言を集めるのに苦労しているだろう。リンと彼のシンパは手を付けた贔屓のドーマー達に「褒美」を与えて懐柔している。優遇してもらっているドーマー達は後ろめたいので証言を躊躇う。リン達は汚い手を使っているのだ。ハイネも自身が不当に幽閉されていると言えば済むのだが、療養中だと自らドームの住人に誤魔化してしまっている。リンはまだハイネが1日のうちに4,5回は短時間の昏睡状態に陥ることを知っているのだ。ヤマザキもコートニーもハイネを医療区に留め置きたかったのだが。
 パーシバルは執政官に実態を知られていない内務捜査班の存在が不安でならない。不正研究をしていないのだから捜査対象にならないはずだが、彼にはポール・レイン・ドーマーのファンクラブと言う組織があって、それを地球人類復活委員会に報告されればどう受け取られるかと心配していた。
 室内をキョロキョロしていた彼は、突然ハイネのベッドの上に置かれた意外な物を発見した。

「ハイネ、君は縫いぐるみを抱いて寝る習慣があるのか?」

 え? とケンウッド、ヤマザキ、そしてペルラ・ドーマーまでもがベッドを見た。
 確かに、茶色の身長50センチほどの縫いぐるみの熊がこちらに背中を向けて座っていた。
 ハイネが目を閉じたまま答えた。

「抱いて寝たりしませんよ。そこに置いてあるだけです。」
「だが、君の宝物なんだろ? そこにあるってことは・・・」
「違います。」

 ケンウッドはペルラ・ドーマーを見た。秘書は毎日朝食の後から夕食の直前まで局長に付き添っている。上司が昏睡状態に陥りかければ素早くベッドへ誘導するし、ハイネが眠っている間に部下が面会を求めて来れば代理で応対する。昼食に食堂へ行く時間を除けば、常に局長の傍らにいるのだから、ハイネの習慣は知っている。その秘書も驚いているのだ。

「昨夕、私が帰る時はその熊はありませんでした。今パーシバル博士が指摘されるまで気が付きませんでした・・・」

 彼の声が弱くなっていった。夜中にこの部屋に入った人間がいる。保安課員がこんな物を持ってくると思えないので、夜中に秘書が知らない訪問者があったのだ。そして局長は黙っていた・・・?

「ハイネ」

とケンウッドは言った。

「君の安全に関わる問題だ。君が知っている人間が夜中に来たのだと思うが、私達に教えてくれないか? 日中君を守っているペルラ・ドーマーの面目が立たないだろう?」

 ハイネは沈黙している。言いたくない相手なのか? ケンウッドは彼自身も言いたくなかったが脅しを賭けてみた。

「君が言わないのなら、これからペルラ・ドーマーも一緒にモニター室で昨夜のこの部屋の記録を見てくるぞ。」