2017年7月22日土曜日

侵略者 7 - 1

 その年の初夏はいつもより暑かった。ドームは空調が効いているので快適なはずだが、やはり日差しがきついのは影響が出るし、湿気も普段より多いと思われた。
 体調が良くないクローンの子供達を収容する観察棟は万全の態勢で環境整備に努めた。
お陰でハイネ局長の監禁部屋には、彼の友人達がたむろすることになり、ペルラ・ドーマーは業務に遅れが出ないかと内心心配した。
 ヘンリー・パーシバル博士は特に頻繁に用事もないのにやって来た。ハイネにリン長官がいかにドーマー達を弄んでいるか、報告するだけだが、ハイネは退屈する暇もない忙しさなのにちゃんと耳を傾けた。
 パーシバルは部屋の中央に置かれた会議用テーブルに持参した自身のコンピュータや書類を広げ、仕事をしながら喋っている。それを執務机で仕事をしながらハイネが聞いている。秘書机のペルラ・ドーマーはその様子をこっそり本部の局長室で留守番をしている第2秘書セルシウス・ドーマーに送信した。

ーー信じられるか? あの2人は異なる2つのことを同時にやってのける。
ーー似た者同士で気が合うのでしょう。

「ところで・・・」

とパーシバルが何かを思い出した。

「昨日、聞き慣れない言葉を耳にしたんだが、局長はご存じかな?」

 その時、ハイネはコンピュータの画面に何かを見つけ、一瞬固まった。彼の顔色が青ざめたのにパーシバルは気が付かなかった。数秒間の沈黙後、ハイネが尋ねた。

「何です?」
「『お誕生日ドーマー』って言う言葉だ。」

 ペルラ・ドーマーがチラッと執政官を見た。何か知っていそうな目だったが、彼は何も言わなかった。ハイネはまた数秒間黙った後で、

「『お誕生日ドーマー』ですか。」

と繰り返した。

「うん、何か意味深な顔で助手が言ったんだ。」
「その助手はコロニー人ですか?」
「そうだが?」
「それは・・・」

 秘書は今度は局長をそっと見た。ちょっと咎める様な目つきだったが、誰も気が付かなかった。
 ハイネが言った。

「3歳の誕生日の時に、養育係がプレゼントに何が欲しいかと私に訊いたのです。」

 ペルラ・ドーマーが不意打ちを食らった様な表情をしたが、やはり誰も気が付かなかった。 
 パーシバルは興味を抱いて尋ねた。

「何て応えたんだい?」
「私は『弟が欲しい』と応えました。」
「弟?」
「数日後に、養育係が赤ん坊を連れて来ました。そして言ったのです。
『ローガン・ハイネ、君の弟を連れて来てやったよ』と。」

 パーシバルはハイネの顔を見た。何の話をしているのだ? と彼は戸惑った。ハイネが彼を振り返った。

「私は誕生日プレゼントに、弟をもらったんです。勿論、ドーマーですよ。」

 ハイネは画面をクリアして次のメッセージを出した。

「常識にはあり得ないですね。人間を贈り物にするなど。」

 彼はそれっきり黙り込んでしまった。
 パーシバルはペルラ・ドーマーを振り返った。ペルラ・ドーマーも局長の話の意味がよく理解出来なかったのだろう、小さく首を振って見せた。
 先刻までの楽しい雰囲気が失われてしまった気分がして、パーシバルは引き揚げることにした。自身の物を片付けて鞄に入れ、立ち上がると、ハイネもコンピュータをシャットダウンさせて立ち上がった。

「少し気分が優れないので休ませてもらいます。」

 パーシバルにそう断ってベッドに横になり、みんなに背を向けた。
 パーシバルはペルラ・ドーマーに暇を告げ、部屋を出た。通路は少し気温が高かったが、不快ではなかった。彼は歩きながら考えた。ハイネの機嫌が急に悪くなった理由を考えた。「お誕生日ドーマー」にどんな意味があるのだろう。プレゼントに赤ん坊をもらったと彼は言ったが、それはケンウッドが会いに行った元ドーマーのことなのだろうか。それともハイネが何かを誤魔化すために咄嗟に作り話をしたのか?