2017年7月6日木曜日

侵略者 5 - 6

 出産管理区は24時間体制で運営されているが、隣接する医療区は執政官とドーマーの為の施設で地球時間を採用しているために夜間は夜勤のスタッフ以外は休んでいる。患者も医師も看護師も寝ているのだ。それにドーム内なので警備も特にない。入り口のレセプションで見舞う人の名前を告げれば部屋番号を教えてくれるし、2度目からはIDを機械に通せば入ることが可能だ。
 ヴァシリー・ノバックが2度目の見舞いをすると言ったが、リン長官は止めた。ノバックは既に局長代理を解任された身だ。ドームの規定では、翌朝には地球から出なければならない。出発の準備をするように命じて、医療区にはリン長官自らが出かけた。
 ハイネの見舞い(或いは観察)はジェル浴室にハイネが居た頃月に1回の割合でしていたので、IDチェックは無条件で通った。
 夜間の医療区は静まりかえっていた。通路も病室も照明が落とされ、常夜灯が灯っているだけだ。「通過」の部屋はその夜は空っぽだった。隔離病棟の患者はローガン・ハイネ・ドーマー1人だけだ。リンはスタッフの夜回りの時間割を事前に調べていたので、誰にも出会わずにハイネの部屋に到着した。ガラス越しに見ると、ハイネは眠っていた。普通の睡眠なのか後遺症の睡眠なのか判断がつかない。後遺症の睡眠ならば、多少痛い目に遭わせても起きないはずだが・・・。
 リン長官は、検体採取道具が入ったケースを持って、隔離室に入った。入り口で消毒ミストの風を浴びる時の音が気になったが、誰も聞いていないようだ。部屋の中に足を踏み入れる時は、流石に緊張した。本当にγカディナ黴はドーマーの体からいなくなったのだろうか。
 ベッドに目をやった瞬間、リンはギョッとして立ち竦んだ。ベッドが空になっていたからだ。さっき迄ハイネが寝ていたはずだが?
 慌てて室内を見廻したが、隠れる場所はなかった。唯一箇所、ベッドの向こう側を除いては。
 リンは微笑んだ。 そこに逃げたつもりか?
 ハイネは消毒ミストの音で目が覚めたのだろう。真夜中に照明も点けずに入って来るスタッフなどいないから、危険を察したのかも知れない。
 ベッドを廻ると、果たして床の上に白髪のドーマーが座り込んでいるのを見つけた。リンは自身も姿勢を低くして相手の目線の高さに合わせた。

「こんばんは、ハイネ局長。」

 相手が怯える様子を見せれば可愛いと思っただろうが、ハイネはただ見返しただけだった。返事すらしない。
 リンは持参したケースを床に置いた。手袋を出して着用した。

「貴方が望む通り、手袋を使用する。」

 ハイネが動いた。逃げるのではなく、寝間着から剥き出しになっていた脚を隠す様に体に寄せただけだった。
 リンはケースから検体保存容器を出した。ハイネが顔を背けた。ドーマーはそれを見れば何をされるのか理解する。

「貴方の『お勤め』だ。全てのドーマーは拒むことを許されない。」

 リン長官は、地球人の「主人」になった気分でそう言った。