幽閉部屋に戻ると、直ぐに保安課員が大きなピッツァの箱を運んで来た。ハイネは彼を待たせ、会議用テーブルの上で箱を広げ、付属の使い捨てナイフでピッツァを4等分に切り分けた。そして保安課員に「お駄賃だ」と言って、一切れ箱の蓋に載せて分け与えた。
保安課員は恐縮して受け取り、仲間と分けますと言って部屋から立ち去った。
室内にチーズの香りが広がった。ケンウッドはソーセージのクレープ巻きを1本食べただけだったので、また空腹を感じた。
ハイネが「よろしければ半分どうぞ」と言った。
「どうせ私独りで全部は食べ切れませんから。」
「端っから保安課員に分けるつもりで特大サイズを買わせたのだな?」
「彼等には日頃から世話になっていますからね。」
ケンウッドは遠慮なくピッツァに蜂蜜をかけて一切れもらった。
「さっきのテレビ記者の本当の目的は何だと思う?」
「恐らくドームを標的にしたドキュメンタリーでしょう。ああ言う輩は大概フリーで活動しています。所属局名を名乗っていましたが、実はフリーであることが多いのです。」
「病状の重い子供達を撮影して、ドームが虐待しているとマイナー宣伝をするのか?」
「そんなところでしょう。ただ治療して親に返すと言うだけでは、彼等の仕事にならないのだと思います。」
クワトロ・フォルマッジは素晴らしく美味しかった。ケンウッドは糸を引くチーズに手こずりながらもなんとか自身の分を平らげた。ハイネはチーズが固まることを常に心配するくせに食べるのが遅い。好きな物はゆっくり食べる主義かと思ったが、考えれば普段の食事の時も彼は時間をかけていた。そして固まったチーズも愛おしそうに食べてしまう。
「本当に君はチーズが好きなんだね。」
「チーズだけではありませんよ。」
「酒も飲むだろう?」
ハイネの手が止まった。目だけケンウッドに向けた。
「誰に聞きました?」
ケンウッドは縫いぐるみの熊がハイネの執務机の上から見ていることに気が付いた。キーラ・セドウィック博士はハイネの弟の存在を知っているのだろうか。
彼は慎重に言葉を選んだ。
「君の古い親友からだよ。」
そう言えば、まだハイネの私室の臨検をしていない。彼がダニエル・オライオンの元からドームに戻って直ぐにハイネが1年4ヶ月の眠りから目覚めたので、すっかり忘れていた。
ハイネは暫く動きを止めていたが、やがて再び食べ始めた。
「私はもう年寄りですから、今更遺伝子に傷が付いても誰も気にしません。」
いや、多分この男はまだ子供を作れるはずだ、とケンウッドは思った。40代の体を持っていると言うことは、子孫を残す能力もまだ健在だと思われる。だから、リン長官から狙われているのだ。「待機型」進化型1級遺伝子は惑星開拓事業を営む企業に高く売れる。開拓団の第2世代に組み込み、世代交代の間隔を長くして労働力を確保するのだ。
それにしても、何故ドームはこの男の子供を創らないのだ?
ローガン・ハイネ・ドーマーは「お勤めのないドーマー」として知られている。中央研究所の検体採取室で彼をその気にさせて子種を採取した執政官は1人もいない。だからハイネは中央研究所では「清いドーマー」と呼ばれている。しかし、ケンウッドは彼が今日まで80年間何も知らずに生きてきたとは到底思えなかった。
「病気が完治したら、また飲むつもりかね?」
「いけませんか?」
ハイネは最後の一切れを食べてしまった。手をウエットタオルで拭い、やっと人心地付いたのか、椅子の背もたれに体重を預けた。少し眠たそうだが、突発性睡眠症候群の発作ではないとケンウッドには見て取れた。
「遺伝子に関係なく、君の健康を考えると、私は君の飲酒に反対だ。」
きっぱりと言った。ハイネは目を閉じてちょっと笑って見せた。
保安課員は恐縮して受け取り、仲間と分けますと言って部屋から立ち去った。
室内にチーズの香りが広がった。ケンウッドはソーセージのクレープ巻きを1本食べただけだったので、また空腹を感じた。
ハイネが「よろしければ半分どうぞ」と言った。
「どうせ私独りで全部は食べ切れませんから。」
「端っから保安課員に分けるつもりで特大サイズを買わせたのだな?」
「彼等には日頃から世話になっていますからね。」
ケンウッドは遠慮なくピッツァに蜂蜜をかけて一切れもらった。
「さっきのテレビ記者の本当の目的は何だと思う?」
「恐らくドームを標的にしたドキュメンタリーでしょう。ああ言う輩は大概フリーで活動しています。所属局名を名乗っていましたが、実はフリーであることが多いのです。」
「病状の重い子供達を撮影して、ドームが虐待しているとマイナー宣伝をするのか?」
「そんなところでしょう。ただ治療して親に返すと言うだけでは、彼等の仕事にならないのだと思います。」
クワトロ・フォルマッジは素晴らしく美味しかった。ケンウッドは糸を引くチーズに手こずりながらもなんとか自身の分を平らげた。ハイネはチーズが固まることを常に心配するくせに食べるのが遅い。好きな物はゆっくり食べる主義かと思ったが、考えれば普段の食事の時も彼は時間をかけていた。そして固まったチーズも愛おしそうに食べてしまう。
「本当に君はチーズが好きなんだね。」
「チーズだけではありませんよ。」
「酒も飲むだろう?」
ハイネの手が止まった。目だけケンウッドに向けた。
「誰に聞きました?」
ケンウッドは縫いぐるみの熊がハイネの執務机の上から見ていることに気が付いた。キーラ・セドウィック博士はハイネの弟の存在を知っているのだろうか。
彼は慎重に言葉を選んだ。
「君の古い親友からだよ。」
そう言えば、まだハイネの私室の臨検をしていない。彼がダニエル・オライオンの元からドームに戻って直ぐにハイネが1年4ヶ月の眠りから目覚めたので、すっかり忘れていた。
ハイネは暫く動きを止めていたが、やがて再び食べ始めた。
「私はもう年寄りですから、今更遺伝子に傷が付いても誰も気にしません。」
いや、多分この男はまだ子供を作れるはずだ、とケンウッドは思った。40代の体を持っていると言うことは、子孫を残す能力もまだ健在だと思われる。だから、リン長官から狙われているのだ。「待機型」進化型1級遺伝子は惑星開拓事業を営む企業に高く売れる。開拓団の第2世代に組み込み、世代交代の間隔を長くして労働力を確保するのだ。
それにしても、何故ドームはこの男の子供を創らないのだ?
ローガン・ハイネ・ドーマーは「お勤めのないドーマー」として知られている。中央研究所の検体採取室で彼をその気にさせて子種を採取した執政官は1人もいない。だからハイネは中央研究所では「清いドーマー」と呼ばれている。しかし、ケンウッドは彼が今日まで80年間何も知らずに生きてきたとは到底思えなかった。
「病気が完治したら、また飲むつもりかね?」
「いけませんか?」
ハイネは最後の一切れを食べてしまった。手をウエットタオルで拭い、やっと人心地付いたのか、椅子の背もたれに体重を預けた。少し眠たそうだが、突発性睡眠症候群の発作ではないとケンウッドには見て取れた。
「遺伝子に関係なく、君の健康を考えると、私は君の飲酒に反対だ。」
きっぱりと言った。ハイネは目を閉じてちょっと笑って見せた。