2日後、ケンウッドは観察棟へ足を運んだ。収容されているクローンの少年達の健康診断の当番が当たったのだ。執政官達は持ち回りでクローンの健康管理を担当する。各自の専門分野を中心に診察し、診断し、異常を見つけて治療法を検討するのだ。
収容中の10名の少年のうち1名が初期の皮膚癌を患っていた。父親が遺伝子的に繋がりのない男なので、親からの遺伝なのかわからない。ケンウッドは少年の患部から細胞を採取して分析に廻した。救える命は救ってやりたい。救えなくても最後まで諦めたくない。少年の親は1年の学習刑に服している。クローンを違法に製造する罪を学び、クローンの子供達が正式の市民権を得る為の親の義務を学習するのだ。親が出所すれば少年も収容所を出て一緒に暮らせる。その収容所に入るには、ドームの観察棟で病気を治療して生き延びなくてはならない。
ケンウッドは少年に病気のことを隠さずに説明し、ドームから与えられるカリキュラムで療養に専念すること、病気を治す努力をすること、希望を捨てなければ観察棟を出て収容所に異動出来ること、1年後には父親と暮らせることを教えた。
突然父親が警察に逮捕され、自身は遺伝子管理局に保護されて生活が一変した少年は、動揺と無気力に襲われていた。だが、父親と再び暮らせる日が来るのだと教えられて、生きる気力を取り戻したようだ。父親がとても支払えない治療費もドームで療養する間は全部国持ちだと聞かされて、彼は素直に治療を受けることを承諾した。
少年達の診断を終えると昼近くになっていた。
ケンウッドは保安課に遺伝子管理局長との面会を申請して許可された。健康診断の当番に当たる執政官は、遺伝子管理局長に報告義務があるので、当然と言えば当然だった。
保安課が入っても良いと言うので、ハイネの部屋のドアをノックすると、驚いたことに若い保安員がドアを開けてくれた。
「やぁ、ケンウッド博士、今日は君が当番だったのか。」
部屋の中にサンテシマ・ルイス・リン長官が居たので、ケンウッドはギョッとして入り口で立ち止まってしまった。局長第1秘書のグレゴリー・ペルラ・ドーマーが上半身裸で会議テーブルの横に立っていた。ペルラ・ドーマーは60歳を過ぎているが、元局員らしく筋骨隆々とした肉体美だ。まだ健康維持の運動は毎日欠かさずしている。しかし、何故こんな場所で裸に?
リン長官は奥の執務机の向こう側にハイネ局長と共に立っていた、ハイネも上半身を脱いでいた。彼は病み上がりなので以前の様な筋肉はまだ戻っていないのだが、地球の汚染された外気に一度も曝されたことがない白い滑らかな肌が、80歳とは思えない艶で輝いて見えた。リン長官はハイネの胸に端末をかざして呼吸器の状態を走査検査しているところだった。マニュアル通り手袋は着用していたし、検査キットを机の上に広げて、いかにも執政官の回診と言う光景だ。
ハイネもペルラ・ドーマーも長官に逆らわずに診察を受けていると思われた。ドーマーがドーマーである第1の目的は、研究用の検体を提供することだ。中央研究所と観察棟では、全てのドーマーは執政官に従う。服を脱げと言われれば人前でも脱ぐし、血液を採取させろと言われれば、命の危険がない限りいくらでも提供する。
医療区でハイネの検体採取に失敗したリン長官は、観察棟で意趣返しをしているのだ。
と言っても、ケンウッドが見た限りでは、長官は本当に呼吸器系の診察をしているだけだった。無駄に脱がしていると言うだけで・・・。 室内には彼が連れて来たのか、それとも保安課が派遣したのか、保安課員もいる。モニター室でも監視しているので、リン長官は無茶な悪戯は出来ない。中央研究所とは勝手が違うだろう。
リンは採取した鼻腔の粘膜サンプルを入れた保存容器をキット鞄の中に慎重に仕舞い込んだ。そして、形式的にハイネに
「すっかり良くなりましたな。肺も正常だ。貴方は本当に驚異の存在だ。」
と言って、部屋から出て行った。ケンウッドの横を通る時に、ちらりと彼を見て一言言った。
「君のドーマーに手出しはしていないぞ。」
私のドーマーだって? とケンウッドは不快に思った。
ドーマーを奴隷やペットの様に考えたことはない。地球人とコロニー人は対等だ。あんたは間違っている。
ドアが閉じられると、ペルラ・ドーマーがボスに尋ねた。
「もう服を着ても大丈夫でしょうね?」
リンはその件に関して何も言わずに出て行ったのだ。ハイネ局長は、しかし、ケンウッドを見てこう言った。
「ケンウッド博士が来られたから、ついでに例の場所を診てもらったらどうだ?」
何のことかわからないので、ケンウッドはペルラ・ドーマーに向き直った。ペルラ・ドーマーは躊躇う様子を見せた。
保安要員が局長に声を掛けた。
「私はこれで引き揚げます。また何かあればいつでもお呼び下さい。」
「有り難う。」
保安要員はリン長官の護衛ではなく、ハイネの護衛だったようだ。恐らくリン長官は予約なしで突然観察棟に来たのだろう。モニター室でそれに気づいた保安課が大至急で課員をハイネの部屋に寄越したのだ。リン長官は自身がドーマーの世界で暮らしていることを忘れているのだろう。執政官が踏ん反り返っていられるのはドームの中だけで、ここはドーマーの故郷、地球なのだ。
保安要員が出て行った。ペルラ・ドーマーはケンウッドがそばに来たので諦めたのか、背中を彼に向けた。ハイネがケンウッドに説明した。
「グレゴリーは古傷が痛むのだそうです。ちょっと診てやって下さい。」
そして彼自身はバスルームに入った。
ケンウッドはペルラ・ドーマーの背中を眺めた。綺麗な筋肉が付いた広い背中だ。どこも悪くなさそうに見えた。しかし、ケンウッドは、背中の左半分が体の他の部分と少し色が違うことに気が付いた。
「これは火傷の痕だね、ペルラ・ドーマー?」
「そうです。局員時代に、ちょっとドジを踏んで怪我をしました。」
バスルームから水音が聞こえて来た。ハイネがシャワーを浴びだしたのだ。手袋越しでもリン長官に体を触られたのが余程嫌だったのだろう。
収容中の10名の少年のうち1名が初期の皮膚癌を患っていた。父親が遺伝子的に繋がりのない男なので、親からの遺伝なのかわからない。ケンウッドは少年の患部から細胞を採取して分析に廻した。救える命は救ってやりたい。救えなくても最後まで諦めたくない。少年の親は1年の学習刑に服している。クローンを違法に製造する罪を学び、クローンの子供達が正式の市民権を得る為の親の義務を学習するのだ。親が出所すれば少年も収容所を出て一緒に暮らせる。その収容所に入るには、ドームの観察棟で病気を治療して生き延びなくてはならない。
ケンウッドは少年に病気のことを隠さずに説明し、ドームから与えられるカリキュラムで療養に専念すること、病気を治す努力をすること、希望を捨てなければ観察棟を出て収容所に異動出来ること、1年後には父親と暮らせることを教えた。
突然父親が警察に逮捕され、自身は遺伝子管理局に保護されて生活が一変した少年は、動揺と無気力に襲われていた。だが、父親と再び暮らせる日が来るのだと教えられて、生きる気力を取り戻したようだ。父親がとても支払えない治療費もドームで療養する間は全部国持ちだと聞かされて、彼は素直に治療を受けることを承諾した。
少年達の診断を終えると昼近くになっていた。
ケンウッドは保安課に遺伝子管理局長との面会を申請して許可された。健康診断の当番に当たる執政官は、遺伝子管理局長に報告義務があるので、当然と言えば当然だった。
保安課が入っても良いと言うので、ハイネの部屋のドアをノックすると、驚いたことに若い保安員がドアを開けてくれた。
「やぁ、ケンウッド博士、今日は君が当番だったのか。」
部屋の中にサンテシマ・ルイス・リン長官が居たので、ケンウッドはギョッとして入り口で立ち止まってしまった。局長第1秘書のグレゴリー・ペルラ・ドーマーが上半身裸で会議テーブルの横に立っていた。ペルラ・ドーマーは60歳を過ぎているが、元局員らしく筋骨隆々とした肉体美だ。まだ健康維持の運動は毎日欠かさずしている。しかし、何故こんな場所で裸に?
リン長官は奥の執務机の向こう側にハイネ局長と共に立っていた、ハイネも上半身を脱いでいた。彼は病み上がりなので以前の様な筋肉はまだ戻っていないのだが、地球の汚染された外気に一度も曝されたことがない白い滑らかな肌が、80歳とは思えない艶で輝いて見えた。リン長官はハイネの胸に端末をかざして呼吸器の状態を走査検査しているところだった。マニュアル通り手袋は着用していたし、検査キットを机の上に広げて、いかにも執政官の回診と言う光景だ。
ハイネもペルラ・ドーマーも長官に逆らわずに診察を受けていると思われた。ドーマーがドーマーである第1の目的は、研究用の検体を提供することだ。中央研究所と観察棟では、全てのドーマーは執政官に従う。服を脱げと言われれば人前でも脱ぐし、血液を採取させろと言われれば、命の危険がない限りいくらでも提供する。
医療区でハイネの検体採取に失敗したリン長官は、観察棟で意趣返しをしているのだ。
と言っても、ケンウッドが見た限りでは、長官は本当に呼吸器系の診察をしているだけだった。無駄に脱がしていると言うだけで・・・。 室内には彼が連れて来たのか、それとも保安課が派遣したのか、保安課員もいる。モニター室でも監視しているので、リン長官は無茶な悪戯は出来ない。中央研究所とは勝手が違うだろう。
リンは採取した鼻腔の粘膜サンプルを入れた保存容器をキット鞄の中に慎重に仕舞い込んだ。そして、形式的にハイネに
「すっかり良くなりましたな。肺も正常だ。貴方は本当に驚異の存在だ。」
と言って、部屋から出て行った。ケンウッドの横を通る時に、ちらりと彼を見て一言言った。
「君のドーマーに手出しはしていないぞ。」
私のドーマーだって? とケンウッドは不快に思った。
ドーマーを奴隷やペットの様に考えたことはない。地球人とコロニー人は対等だ。あんたは間違っている。
ドアが閉じられると、ペルラ・ドーマーがボスに尋ねた。
「もう服を着ても大丈夫でしょうね?」
リンはその件に関して何も言わずに出て行ったのだ。ハイネ局長は、しかし、ケンウッドを見てこう言った。
「ケンウッド博士が来られたから、ついでに例の場所を診てもらったらどうだ?」
何のことかわからないので、ケンウッドはペルラ・ドーマーに向き直った。ペルラ・ドーマーは躊躇う様子を見せた。
保安要員が局長に声を掛けた。
「私はこれで引き揚げます。また何かあればいつでもお呼び下さい。」
「有り難う。」
保安要員はリン長官の護衛ではなく、ハイネの護衛だったようだ。恐らくリン長官は予約なしで突然観察棟に来たのだろう。モニター室でそれに気づいた保安課が大至急で課員をハイネの部屋に寄越したのだ。リン長官は自身がドーマーの世界で暮らしていることを忘れているのだろう。執政官が踏ん反り返っていられるのはドームの中だけで、ここはドーマーの故郷、地球なのだ。
保安要員が出て行った。ペルラ・ドーマーはケンウッドがそばに来たので諦めたのか、背中を彼に向けた。ハイネがケンウッドに説明した。
「グレゴリーは古傷が痛むのだそうです。ちょっと診てやって下さい。」
そして彼自身はバスルームに入った。
ケンウッドはペルラ・ドーマーの背中を眺めた。綺麗な筋肉が付いた広い背中だ。どこも悪くなさそうに見えた。しかし、ケンウッドは、背中の左半分が体の他の部分と少し色が違うことに気が付いた。
「これは火傷の痕だね、ペルラ・ドーマー?」
「そうです。局員時代に、ちょっとドジを踏んで怪我をしました。」
バスルームから水音が聞こえて来た。ハイネがシャワーを浴びだしたのだ。手袋越しでもリン長官に体を触られたのが余程嫌だったのだろう。