2017年7月20日木曜日

侵略者 6 - 13

 祭りの翌朝は気怠い。あんなに大勢いた観光客は表彰式が終わるとあらかじめドームに入る時にもらった番号表の順にドームから出て行き、宇宙へ還るシャトルに乗り込んで去って行った。ジャーナリスト、ケンプフェルトも保安課員に付き添われて空港まで連行され、殆ど強制送還の形で去った。
 ドーム内を汚すのは犯罪に等しいので、観光客達はゴミを残さずに綺麗に立ち去ってくれた。残った執政官達は化粧を落とし、衣装を脱いだ。ドーマー達は翌日からの仕事の準備に追われた。
 ケンウッドは祭りのメイン会場となった一般食堂近辺をその朝は避けて中央研究所の食堂で朝食を取った。ゴミがないと言っても数百人の人間が集まっていたのだから、当然汚れは出る。掃除ロボットが集結して働いていたので、邪魔をしないように気を遣ったつもりだった。
 ヘンリー・パーシバルが合流した。彼は女装大会でシンデレラをやって準優勝してしまった。恐らく彼が作ったファンクラブのドーマー達が票を入れてくれたのだ。パーシバルは優勝賞金も副賞の口紅1年分もどうでも良かったが、リン長官の白雪姫に勝ったことは誇らしく思った。

「それにしても優勝した若いのは、そんなに美人とも思えなかったがなぁ。」
「長官の腰巾着の1人だろ? 長官側の組織票が入ったのさ。」


 いつの間にかヤマザキ医師も来て、ケンウッドのテーブルは急に賑やかになった。
2人が、誰が美人だったとか、アイツは滑稽だったとか他人の批評で盛り上がったので、ケンウッドは水を挿すつもりはなかったものの、目撃した今回の祭りで一番の美女を挙げた。

「私が出会ったアン・シャーリーは見事な美人振りだったよ。」
「アン・シャーリー?」
「『赤毛のアン』のアン・シャーリー?」
「うん。そばかすはなかったがね。」
「そばかすがなけりゃ、アン・シャーリーじゃないだろう。」
「当人はそのつもりになっていたぞ。」
「アン・シャーリーはそばかすが売りだ。」
「そばかすはドーマーにはないよ。」

 うっかり口を滑らしてしまった。ヤマザキとパーシバルが彼をぐいっと睨んだ。

「ドーマー? 女装したドーマーがいたのか?」
「ええっと・・・」
「ケンさん、誰と出会ったんだ?」

 パーシバルは贔屓のドーマー達の顔を順繰りに思い浮かべていった。女装させれば絶対に可愛い美少女になるはずの男の子達だ。

「ポールとクラウスは素で俺達ファンクラブのそばに居たからなぁ・・・ニュカネンは絶対に女装なんかしない性格だし・・・」

 若いドーマーの名前ばかり挙げるパーシバルに、ヤマザキが苦笑しながら自身の推測を述べた。

「ケンさん、まさか、そのアン・シャーリーは幽閉中の御仁じゃないだろうね?」

 ケンウッドは腹をくくった。

「その御仁さ。昨日はお祭りで観察棟の給食がなかったんだ。重症者だけ出産管理区が面倒を見てくれたがね。それで保安課が、動ける子供達とその御仁に女装させて、食べ物を自力で確保して来いと一日野放しにしたんだよ。」
「保安課が?」
「うん。クーリッジ保安課長は承知している様子だった。」

 ヤマザキとパーシバルは驚いたが、彼等が驚いたポイントはそれぞれ別の所にあった。
パーシバルはケンウッドに尋ねた。

「彼は逃げなかったのか? 昨日は宇宙からジャーナリズムが大勢来ていたじゃないか。連中に今の境遇を訴えれば、リンの横暴が暴露されて彼もポールも解放されたのに・・・」
「それは出来ない相談だよ、ヘンリー。」

 ケンウッドは友人を諭した。

「そんなことをしたら、このドームの中は大混乱に陥る。ドーマー達は今でさえ彼が長官から虐待を受けていると思っている。もし彼がコロニー人に救助を求めれば、彼等が抱く疑惑が真実だと確信するだろう。もしかすると暴動が起きるかも知れない。
もし暴動が起きたら、出産管理区に収容されている地球人の女性達はどうなる? 地下のクローン育成施設にいる赤ん坊達は? 
彼は同胞の地球人の為に忍耐強く時が来るのを待っているんだ。祭りに乗じて逃げるなんて考えていなかったよ。」

 パーシバルは口を閉じた。ケンウッドの言葉は正論だ。彼等は執政官、地球人が元通りの自力で人口を増やせる能力を取り戻す為の手伝いをしているのだ。アメリカ・ドームの内部で混乱が生じれば、アメリカ大陸の地球人社会が崩壊しかねない。
 ヤマザキの方は、もっと平和で直接的なことだった。

「ケンさん、彼は昨日、部屋から出してもらってから、何を食べたんだ?」
「え? ええっと・・・ピッツァかな?」

 ケンウッドは思わずしらばっくれた。

「私が見つけた時はもう食べてしまっていたから・・・」
「そうかい? 夕べ、保安課が彼が夕食に手を付けていないと言うので様子を見に行ったら、部屋の中に強烈なチーズと蜂蜜の香りが残っていたのだが・・・」
「チーズと蜂蜜なら、クワトロ・フォルマッジだろ。」

とパーシバル。

「夕食は給食が出たのかい?」
「保安課が屋台でスープを買って持っていったらしいが・・・後遺症が完全に消えたと僕が言う迄、チーズは駄目だって言ってある。しかし、あの部屋の中の匂いは確実にチーズだ。」

 ケンウッドはちょっと心配になった。

「彼の具合が悪いのか?」
「夕方から眠り込んで、夜の運動はさぼっているし、今朝も僕が様子を見た時はまだ寝ていた。」
「体調を崩したのか?」
「と言うより、チーズの食べ過ぎで消化に時間がかかり、彼の体力が追いつかないと思われる。治療に大量に薬を投与したからね。今の彼の胃腸は発酵食品の消化には適していない。 
昏睡ではないんだ。呼べば目を開けて返事はする。でもすぐに寝てしまう。」
「すると、今日の業務に支障が出るな。」
「朝食の後でペルラ・ドーマーが来てくれるから、それは問題ないだろう。」

 ヤマザキが心配そうな声で呟いた。

「ハイネはペルラ・ドーマーに叱られるぞ、きっと・・・」