ケンウッドがヤマザキ医師に「話がある」とメールすると、数分後に返事が来た。ランチの後で庭園の東屋で会おうとあった。ケンウッド達に追求されることを予想していたかの様だ。
会議室を出ると、パーシバルがすぐに横に来た。コートニー医療区長はリン長官に捉まって説明をしているので、まだ出てこない。
「僕等、素手で彼に触れたよな?」
パーシバルは昨夜の感動を台無しにされた気分だろう。ケンウッドはサッと周囲に目を走らせて、囁いた。
「医療区が何か企んでいるようだ。私はランチの後でヤマザキに会ってくるが、君はどうする?」
パーシバルも前後を見てから答えた。
「2人で行動すると気取られるだろう。君が1人で行ってくれ。結果はメールで充分だ。」
ランチも別々に取った。ケンウッドはサラダとスープで軽く済ませ、食後の散歩のふりをして庭園へぶらぶらと歩いて行った。庭園は、人工の土に樹木を植えて人工の森と人工の小川を造った場所だ。ドーマーはこれを本物の森だと思っている。コロニー人は人工物だとわかっているが、コロニーにこんな贅沢な場所は少ないので、人気の散歩スポットだ。時々カップルがデートしている姿も見かける。ただし、女性は殆どいない世界なので、男性同士のカップルだ。
東屋のところでヤマザキ医師がベンチに座って端末を眺めていた。ドームでは所定の場所でしか飲食を許されない。森の中では東屋が唯一許可されたスナックポイントで、ヤマザキは昼食だろうか、携行高カロリー食と飲料水のボトルを傍らに置いていた。
ケンウッドは東屋に保安課の監視カメラが設置されていることを知っていた。ドーム内には至所に監視カメラがある。犯罪防止ではなく、男社会のドーム内で喧嘩が発生するのを防ぐためだ。誰かが殴り合いを始めようものなら、すぐ保安要員がすっ飛んで来る。だが、穏やかに会話している分には、彼等は無視してくれる。会話を盗聴している訳ではないのだ。
ケンウッドが近づくと、ヤマザキが顔を上げた。端末をポケットに仕舞い込んで、彼の隣を指した。
「会議で驚いたことだろうね。」
「ああ、ハイネの体内に黴が残っていると医療区長が言ったが・・・」
「ああでも言わないと、患者を守れないからな。」
ケンウッドが見つめたので、ヤマザキは苦笑した。
「昨夜、コートニー博士と急遽相談して下手な芝居を打ったんだよ。朝一番に今日の業務予定を持って来たセルシウス・ドーマーを説得して、着なくて良い防護服を着てもらった。ハイネにも説明した。話の途中で眠られると困るので、大急ぎで概略だけ話したのだが、理解してくれた。」
「何から彼を守るつもりだ?」
「決まっているだろう、長官室に居る男からさ。」
ヤマザキは端末を出して、先刻まで見ていたものをケンウッドに見せた。辺境開拓事業の続行が決まったと言う、人類連邦議会の発表のニュースだった。
「また進化型遺伝子の相場が上がった。リンがこのニュースを無視すると思えないのでね。」
「彼がハイネに何か仕掛けてくると?」
「今ハイネを外に出せば、そうなるだろう。昨夜、君は見ただろう? 『突発性睡眠症候群』の症状を。もし、長官室でハイネとリンが2人きりになった時に、あの後遺症がハイネに出たら、どうなると思う? あの睡眠の深さでは、何をされても目が覚めないだろう。」
「では、ハイネを外に出さないように、嘘の報告をしたのか、コートニーは・・・?」
「そうだ、同時にリンが病室に侵入して悪さをするのも防げるだろう。ハイネが完治する迄の辛抱だ。元通りの体に戻れば、彼は武道の達人だから、リンやノバックごときに負けはしない。」
ケンウッドはハイネの衰弱ぶりを思い出した。元通りに戻るのは、何時のことだ?
「では、ヘンリーや私もこれからガラス越しで彼と会話するしかないのか?」
「リンの一派がいない時は中に入れば良いさ。 医療区は誰もがあの連中を嫌っているから、連中がやって来れば、すぐに警報が出る。」
ヤマザキが端末を操作すると、ケンウッドの端末に着信があった。見ると、タイトルが「空襲」と言う空メッセージだった。
「奇妙なもので・・・」
とヤマザキが自嘲しながら言った。
「1年4ヶ月、面倒を見ていると、コートニーも看護師達も僕も、彼のことは『僕等のドーマー』と言う認識を持ってしまった。ペット扱いはいけないし、実際彼は人間で、僕等の誰より年上なのだがね。長官には絶対に渡したくないし、指1本触れて欲しくない。」
「情が移ったのだね。」
「君とヘンリーもそうだろう? 君が彼を助けるためにベータ星人の医者に会いに行って、肺洗浄の案をもらってきたことを、彼に伝えておいた。彼は感謝しているはずだ。」
「情だけじゃないさ。彼に戻って来てもらわなければ、このドームはリンに滅茶苦茶にされてしまうと思ったからだ。」
だが、やはり情もある。ケンウッドは心の中では否定しなかった。誇り高き美しい地球人をもう1度ドームのトップに据えたいのだ。なんだか士気が沈滞しているこのアメリカ・ドームをもう1度元気にしたかった。
遺伝子管理局は、維持班と呼ばれるドームの生活を支える仕事をしている多くのドーマーにとっては雲の上の存在だ。エリートだから、あまり言葉を交わす機会がないし、友達になることもない。ドームの中に意味のない身分制度が出来ているのだ。だが、ハイネ局長は維持班に気さくに話しかけるし、優雅なその姿はドーマー達の憧れであり尊敬の的だった。ハイネが姿を消して、死亡説まで流れると、ドーマー達は気分が沈んでしまっている様だ。
だから、ケンウッドは彼を目覚めさせようと奔走した。そしてコートニーとヤマザキも、彼の復活を公表に踏み切ったのだ。
ローガン・ハイネ・ドーマーには、これから後遺症との闘いが待っている。
会議室を出ると、パーシバルがすぐに横に来た。コートニー医療区長はリン長官に捉まって説明をしているので、まだ出てこない。
「僕等、素手で彼に触れたよな?」
パーシバルは昨夜の感動を台無しにされた気分だろう。ケンウッドはサッと周囲に目を走らせて、囁いた。
「医療区が何か企んでいるようだ。私はランチの後でヤマザキに会ってくるが、君はどうする?」
パーシバルも前後を見てから答えた。
「2人で行動すると気取られるだろう。君が1人で行ってくれ。結果はメールで充分だ。」
ランチも別々に取った。ケンウッドはサラダとスープで軽く済ませ、食後の散歩のふりをして庭園へぶらぶらと歩いて行った。庭園は、人工の土に樹木を植えて人工の森と人工の小川を造った場所だ。ドーマーはこれを本物の森だと思っている。コロニー人は人工物だとわかっているが、コロニーにこんな贅沢な場所は少ないので、人気の散歩スポットだ。時々カップルがデートしている姿も見かける。ただし、女性は殆どいない世界なので、男性同士のカップルだ。
東屋のところでヤマザキ医師がベンチに座って端末を眺めていた。ドームでは所定の場所でしか飲食を許されない。森の中では東屋が唯一許可されたスナックポイントで、ヤマザキは昼食だろうか、携行高カロリー食と飲料水のボトルを傍らに置いていた。
ケンウッドは東屋に保安課の監視カメラが設置されていることを知っていた。ドーム内には至所に監視カメラがある。犯罪防止ではなく、男社会のドーム内で喧嘩が発生するのを防ぐためだ。誰かが殴り合いを始めようものなら、すぐ保安要員がすっ飛んで来る。だが、穏やかに会話している分には、彼等は無視してくれる。会話を盗聴している訳ではないのだ。
ケンウッドが近づくと、ヤマザキが顔を上げた。端末をポケットに仕舞い込んで、彼の隣を指した。
「会議で驚いたことだろうね。」
「ああ、ハイネの体内に黴が残っていると医療区長が言ったが・・・」
「ああでも言わないと、患者を守れないからな。」
ケンウッドが見つめたので、ヤマザキは苦笑した。
「昨夜、コートニー博士と急遽相談して下手な芝居を打ったんだよ。朝一番に今日の業務予定を持って来たセルシウス・ドーマーを説得して、着なくて良い防護服を着てもらった。ハイネにも説明した。話の途中で眠られると困るので、大急ぎで概略だけ話したのだが、理解してくれた。」
「何から彼を守るつもりだ?」
「決まっているだろう、長官室に居る男からさ。」
ヤマザキは端末を出して、先刻まで見ていたものをケンウッドに見せた。辺境開拓事業の続行が決まったと言う、人類連邦議会の発表のニュースだった。
「また進化型遺伝子の相場が上がった。リンがこのニュースを無視すると思えないのでね。」
「彼がハイネに何か仕掛けてくると?」
「今ハイネを外に出せば、そうなるだろう。昨夜、君は見ただろう? 『突発性睡眠症候群』の症状を。もし、長官室でハイネとリンが2人きりになった時に、あの後遺症がハイネに出たら、どうなると思う? あの睡眠の深さでは、何をされても目が覚めないだろう。」
「では、ハイネを外に出さないように、嘘の報告をしたのか、コートニーは・・・?」
「そうだ、同時にリンが病室に侵入して悪さをするのも防げるだろう。ハイネが完治する迄の辛抱だ。元通りの体に戻れば、彼は武道の達人だから、リンやノバックごときに負けはしない。」
ケンウッドはハイネの衰弱ぶりを思い出した。元通りに戻るのは、何時のことだ?
「では、ヘンリーや私もこれからガラス越しで彼と会話するしかないのか?」
「リンの一派がいない時は中に入れば良いさ。 医療区は誰もがあの連中を嫌っているから、連中がやって来れば、すぐに警報が出る。」
ヤマザキが端末を操作すると、ケンウッドの端末に着信があった。見ると、タイトルが「空襲」と言う空メッセージだった。
「奇妙なもので・・・」
とヤマザキが自嘲しながら言った。
「1年4ヶ月、面倒を見ていると、コートニーも看護師達も僕も、彼のことは『僕等のドーマー』と言う認識を持ってしまった。ペット扱いはいけないし、実際彼は人間で、僕等の誰より年上なのだがね。長官には絶対に渡したくないし、指1本触れて欲しくない。」
「情が移ったのだね。」
「君とヘンリーもそうだろう? 君が彼を助けるためにベータ星人の医者に会いに行って、肺洗浄の案をもらってきたことを、彼に伝えておいた。彼は感謝しているはずだ。」
「情だけじゃないさ。彼に戻って来てもらわなければ、このドームはリンに滅茶苦茶にされてしまうと思ったからだ。」
だが、やはり情もある。ケンウッドは心の中では否定しなかった。誇り高き美しい地球人をもう1度ドームのトップに据えたいのだ。なんだか士気が沈滞しているこのアメリカ・ドームをもう1度元気にしたかった。
遺伝子管理局は、維持班と呼ばれるドームの生活を支える仕事をしている多くのドーマーにとっては雲の上の存在だ。エリートだから、あまり言葉を交わす機会がないし、友達になることもない。ドームの中に意味のない身分制度が出来ているのだ。だが、ハイネ局長は維持班に気さくに話しかけるし、優雅なその姿はドーマー達の憧れであり尊敬の的だった。ハイネが姿を消して、死亡説まで流れると、ドーマー達は気分が沈んでしまっている様だ。
だから、ケンウッドは彼を目覚めさせようと奔走した。そしてコートニーとヤマザキも、彼の復活を公表に踏み切ったのだ。
ローガン・ハイネ・ドーマーには、これから後遺症との闘いが待っている。