昔の古巣、遺伝子管理局本部に入る為に、ダリル・セイヤーズ・ドーマーはロビーの受付で所定の手続きをして入館パスをもらった。指定された場所にしか入ってはいけないのだ。遺伝子管理局は地球人の役所なので、コロニー人のヘンリー・パーシバルも入館許可が必要だが、彼は執政官なのでほぼ顔パスだ。それでも一応はパスを受け取って首から提げた。
受付のドーマーに彼はそっと低い声で尋ねた。
「ポールは今日は中に居るよな?」
「はい、チームの執務室に居ます。」
受付係はセイヤーズを覚えていたし、彼とポール・レイン・ドーマーの関係も承知していた。執政官よりも低い声で彼はパーシバルにお伺いを立てた。
「レインに連絡しておきましょうか?」
パーシバルは答える代わりに大きく頷いて見せた。
そして既に通路を歩き始めていたセイヤーズを追いかけた。
セイヤーズはやや固い表情で脇目もふらずに歩いて行く。懐かしがる様子は見せなかった。緊張しているのだ。事実上の追放をくらった身なので、あまり多くの知り合いに会いたくないらしい。同情などされたくないのだ。
局長室に入ると、局長執務机は当然空で、秘書机で第2秘書のジェレミー・セルシウス・ドーマーが仕事をしていた。局長が目覚めて以来、第1秘書のグレゴリー・ペルラ・ドーマーが局長の世話で部屋を空けることが多いので、セルシウス・ドーマーが局長室の主みたいになっている。それでも一番末席の机で熱心に業務に励んでいるのが、けなげだ、とパーシバルは思った。
セイヤーズとパーシバルが入室してドアが閉まると、セルシウス・ドーマーは立ち上がって、執政官に挨拶し、セイヤーズに「ようこそ」と言った。それから、もう1度、「お帰り」と言った。
セイヤーズは来米の用件を告げ、大事に持って来たハードケースを第2秘書に渡した。セルシウス・ドーマーはあらかじめ用意されていた受取書を彼に手渡した。ハイネ局長の署名が書かれている受取書だ。
「西ユーラシアでは上手くやっているかね?」
セルシウス・ドーマーはペルラ・ドーマーより4歳若いが、内勤職員に許されている口髭を生やしているので、彼の方が年上に見える。セイヤーズはこの人とは転属前に何度か会っていたので、少しリラックスした。彼とパーシバルは来客用の椅子に腰を下ろし、暫くセイヤーズが近況を語った。様々な民族を訪問して支局巡りをしているらしく、仕事は楽しい、と若者は言った。アメリカと違って古い家族制度が残っていて、女性はクローンだが、大家族で住んでいる民族もいる、と彼は目を輝かせて言った。祖父母、両親、叔父叔母、子供達、それは小さなドームの様だ、と彼は言った。
「好きな人の子供をこしらえて一緒に住めるって、良いですね。」
セイヤーズの言葉に、セルシウス・ドーマーがそっとパーシバルを見た。子供を持って一緒に住むと言うのは、ドーマーにとっては「危険思想」だ。ドーマーは家庭を持ってはいけないのだ。
パーシバルはやんわりと注意した。
「子供と一緒に住みたいと思ったら、ドームを出るしかないね。」
セイヤーズはハッとして口をつぐんだ。ちょっと気まずい空気になったので、セルシウス・ドーマーがパーシバルに顔を向けた。
「博士、セイヤーズの為に今夜はゲストハウスに部屋を用意してありますので、以前の仲間達にも声を掛けてやって頂けませんか?」
パーシバルがニヤリと笑った。
「その点は、僕もぬかりなくやっているさ。」
彼はセイヤーズに向き直った。
「セイヤーズ、それじゃ行こうか?」
セイヤーズは用事が早く終わったので、昼過ぎにはヨーロッパ行きの飛行機に乗るつもりだった。だから、遺伝子管理局が彼を泊めるつもりで準備してくれていたことに感激した。
「泊まって良いんですか?」
「勿論さ。」
「局長もそのつもりで準備するように指示されましたから。」
「じゃ、向こうに断っておかないと・・・」
「大丈夫、それもハイネ局長からマリノフスキー局長に連絡済みです。」
セイヤーズの嬉しそうな笑顔に、パーシバルはホッとした。次は彼とポール・レイン・ドーマーを再会させなければならない。これはハイネの指示にはないことだが、恐らく彼も望んでいるはずだ。セイヤーズとレインは「部屋兄弟」だ。大変仲の良い兄弟だ。兄弟を引き離してはいけない、とハイネは思っているはずだ。
受付のドーマーに彼はそっと低い声で尋ねた。
「ポールは今日は中に居るよな?」
「はい、チームの執務室に居ます。」
受付係はセイヤーズを覚えていたし、彼とポール・レイン・ドーマーの関係も承知していた。執政官よりも低い声で彼はパーシバルにお伺いを立てた。
「レインに連絡しておきましょうか?」
パーシバルは答える代わりに大きく頷いて見せた。
そして既に通路を歩き始めていたセイヤーズを追いかけた。
セイヤーズはやや固い表情で脇目もふらずに歩いて行く。懐かしがる様子は見せなかった。緊張しているのだ。事実上の追放をくらった身なので、あまり多くの知り合いに会いたくないらしい。同情などされたくないのだ。
局長室に入ると、局長執務机は当然空で、秘書机で第2秘書のジェレミー・セルシウス・ドーマーが仕事をしていた。局長が目覚めて以来、第1秘書のグレゴリー・ペルラ・ドーマーが局長の世話で部屋を空けることが多いので、セルシウス・ドーマーが局長室の主みたいになっている。それでも一番末席の机で熱心に業務に励んでいるのが、けなげだ、とパーシバルは思った。
セイヤーズとパーシバルが入室してドアが閉まると、セルシウス・ドーマーは立ち上がって、執政官に挨拶し、セイヤーズに「ようこそ」と言った。それから、もう1度、「お帰り」と言った。
セイヤーズは来米の用件を告げ、大事に持って来たハードケースを第2秘書に渡した。セルシウス・ドーマーはあらかじめ用意されていた受取書を彼に手渡した。ハイネ局長の署名が書かれている受取書だ。
「西ユーラシアでは上手くやっているかね?」
セルシウス・ドーマーはペルラ・ドーマーより4歳若いが、内勤職員に許されている口髭を生やしているので、彼の方が年上に見える。セイヤーズはこの人とは転属前に何度か会っていたので、少しリラックスした。彼とパーシバルは来客用の椅子に腰を下ろし、暫くセイヤーズが近況を語った。様々な民族を訪問して支局巡りをしているらしく、仕事は楽しい、と若者は言った。アメリカと違って古い家族制度が残っていて、女性はクローンだが、大家族で住んでいる民族もいる、と彼は目を輝かせて言った。祖父母、両親、叔父叔母、子供達、それは小さなドームの様だ、と彼は言った。
「好きな人の子供をこしらえて一緒に住めるって、良いですね。」
セイヤーズの言葉に、セルシウス・ドーマーがそっとパーシバルを見た。子供を持って一緒に住むと言うのは、ドーマーにとっては「危険思想」だ。ドーマーは家庭を持ってはいけないのだ。
パーシバルはやんわりと注意した。
「子供と一緒に住みたいと思ったら、ドームを出るしかないね。」
セイヤーズはハッとして口をつぐんだ。ちょっと気まずい空気になったので、セルシウス・ドーマーがパーシバルに顔を向けた。
「博士、セイヤーズの為に今夜はゲストハウスに部屋を用意してありますので、以前の仲間達にも声を掛けてやって頂けませんか?」
パーシバルがニヤリと笑った。
「その点は、僕もぬかりなくやっているさ。」
彼はセイヤーズに向き直った。
「セイヤーズ、それじゃ行こうか?」
セイヤーズは用事が早く終わったので、昼過ぎにはヨーロッパ行きの飛行機に乗るつもりだった。だから、遺伝子管理局が彼を泊めるつもりで準備してくれていたことに感激した。
「泊まって良いんですか?」
「勿論さ。」
「局長もそのつもりで準備するように指示されましたから。」
「じゃ、向こうに断っておかないと・・・」
「大丈夫、それもハイネ局長からマリノフスキー局長に連絡済みです。」
セイヤーズの嬉しそうな笑顔に、パーシバルはホッとした。次は彼とポール・レイン・ドーマーを再会させなければならない。これはハイネの指示にはないことだが、恐らく彼も望んでいるはずだ。セイヤーズとレインは「部屋兄弟」だ。大変仲の良い兄弟だ。兄弟を引き離してはいけない、とハイネは思っているはずだ。