2017年7月10日月曜日

侵略者 5 - 12

 ケンウッドがローガン・ハイネ・ドーマーが激怒した原因について彼の見解を述べようとした時、ヤマザキ医師の端末に着信があった。医師は電話に出た。

「そうか・・・うん、有り難う、1時間後に行く。」

 彼は端末を仕舞って2人の博士を見た。

「ハイネが目を覚ました。」

 彼等は再現用モニター室を出て、監視モニター室に移動した。部屋の数だけモニターが並んでいる。その日の他の収容者は11名、どれも未成年だ。寝ている少年や、音楽を聴いている少年、ロビーに出てテレビを見ている少年、学習用コンピュータを使用している少年、様々だ。彼等に少しでも異変があれば、すぐ保安課と担当の執政官に連絡が行く。少年達は遺伝子管理法違反者のクローンの子供達で、健康状態の観察を受けているのだ。
 ケンウッド達は監視モニター室を横切って観察モニター室に入った。特定の部屋だけをそこで観察出来る部屋で、監視モニター室とはガラス壁で仕切ってある。ヤマザキ医師はハイネの部屋の映像をそこに映し出した。
 ローガン・ハイネ・ドーマーはゆっくりとベッドの上に起き上がって室内を見廻しているところだった。眠りに陥る前に何があったのか思い出そうとしているのだろう。観察の為に室内に待機している係官のドーマーが、「こんばんは、局長」と声を掛けて彼の注意を惹いた。ハイネは彼を認め、係官の名前を呼んだ。
ーージェームズ・オニール・ドーマーか・・・
ーー思い出していただいて光栄です。
 観察棟は遺伝子管理局の業務と密接に関係しているので、職員全員の名前ぐらい局長は記憶しているのだろう。オニール・ドーマーが夕食を運ばせますと言うと、彼は断ろうとした。しかし、オニールが「しかし」と言いかけると、片手を挙げて、「わかった」と言った。
ーー君を困らせたくない。食べるよ。

 パーシバルが頭を掻きながら言った。

「全然普通だよな、いつものハイネだ。」

 ハイネは自力でベッドから降りて部屋の隅にしつらえられたバスルームに向かってそろりそろりと移動を始めた。観察棟の部屋は個室にトイレがないのが普通なのだが、ハイネの部屋は広さと言い、設備と言い、特別にしつらえてある。ケンウッドはヤマザキに尋ねた。

「彼の部屋は元は何の部屋なんだ? まさか幽閉用ではないよな?」

 ヤマザキが複雑な表情をした。

「あの部屋は、執政官用なんだ。地球の業務やら生活に馴染めなくて心神耗弱状態になる執政官が偶に居て、療養する為の場所だ。だから机とか会議用設備がある。過去に4人ほど使用したらしいが、どの人も1ヶ月居て故郷に帰ったそうだ。」
「地球の生活が苦痛だって? 信じられないなぁ。」

とパーシバル。そしてケンウッドを見た。

「君はハイネの怒りの原因がわかったのか?」
「多分ね。」

 ハイネがバスルームに到着した。眠りに陥る前より歩くのが速くなっていた。彼はカーテンの向こう側に姿を消した。ヤマザキが手を揚げて、仲間に暫く黙ってくれと合図した。ハイネの姿が見えないので、出てくる迄音で判断しなければならない。彼がカーテンの向こう側で倒れでもしたら大変だ。だから、数分後に彼が無事に出てくると、医師はホッと肩の力を抜いた。
 ハイネが執務机とベッドがある方へ歩きかけると、食事が到着した。係官がドアの外に来た運搬ロボットからトレイを受け取り、中へ運んで来た。どこに置きましょうか、と尋ね、指示された執務机の上に置いた。ハイネが彼に尋ねた。
ーーモニター室で見ているだろう?
ーーはい。
ーーでは、君はもう帰って良ろしい。何かあれば誰かが飛んで来るはずだ。
 
 ヤマザキが係官の端末に連絡を入れた。

「彼の指示に従ってくれ。僕が後から行くことを伝えて、帰りなさい。」

 係官が医師の指示通りに伝えると、ハイネは頷いた。そして係官が部屋から出て行くと、彼は椅子に腰を下ろし、つまらない物を見る様な目で病院食を眺め、諦めて少しずつ口に入れ始めた。
 
 ヤマザキがケンウッドを見た。パーシバルも見たので、ケンウッドはやっと持論を述べた。

「ジョンソン氏は、ハイネに言ってはいけないことを言ってしまったんだ。」
「何だ?」
「彼は『家族の様に扱って』と言った。」

 パーシバルがちょっと笑った。

「ドーマーに家族って言ってもなぁ・・・僕等が知っている家族とドーマーが考える家族は違うだろう?」
「うん。ドーマーにとって家族は日常一緒に行動している仲間のことだ。」

 ヤマザキの言葉にケンウッドは首を振った。

「ハイネの家族は、もっと違うんだよ。」
「どう違うんだね?」
「ジョンソン氏の名前はダニエルだ。彼はハイネに『ダニーと呼んで下さい』と言った。」
「それが?」
「ハイネの弟はダニエル・オライオン、ダニーだ。」
「弟ぉ?」

 パーシバルが素っ頓狂な声を上げた。

「弟だって? ハイネに弟なんていたのか?」
「いるんだ。」

 ケンウッドはヤマザキを見た。

「私がハイネを目覚めさせた時のことを覚えてないか? 私はハイネが事故に遭う直前に会っていた人を探し出したんだ。送迎フロアに出たことがなかったハイネが、わざわざ見送りに出て行った人だ。」

 パーシバルはダニエル・オライオンがゲートから出て行った直後に送迎フロアに入ってきたので、オライオンを見ていなかった。

「ハイネの弟が、ダニエル・オライオンって言う名前なのか? 」
「うん、元ドーマーだ。記録を見ると、オライオンは54年前にドームを去っていた。」
「弟って言うのは、同じ部屋で育ったドーマーと言う意味だな。」
「それも、2人きりの部屋だったそうだ。だから、ハイネはオライオンをもの凄く可愛がっていた。」
「だがオライオンは彼を置いてドームから出て行った?」
「2人一緒に出て行くつもりだったそうだ。だが、ハイネは進化型1級遺伝子保有者だ。ドームは絶対に彼を外に出さない。」

 ああ、とパーシバルとヤマザキは理解した。ドームは仲が良い「兄弟」を引き裂いたのだ。

「そのオライオンが、あの時、ドームにハイネを訪ねて来ていたのか。」
「仕事でね・・・オライオン氏は連邦捜査局の科学捜査班主任だったが、定年退職するので、もう2度とドームの中には来られないと最後の挨拶に来ていたんだ。」

 ヤマザキが呟いた。

「外に出て行けないハイネは、どんな気持ちでその挨拶を受けたんだろう・・・」

 パーシバルも先刻の取り乱したハイネの気持ちを思いやった。

「ダニーの名前と家族と言う言葉に、ハイネが今まで抑えていた感情が爆発したんだな。」
「それと、ジョンソン氏はもう一つ、誤った。ハイネをローガンと呼んだろ? このドームの中で、ハイネを名前だけで呼んだ人間が居たかね?」
「ハイネはハイネだ、或いは、局長だ。」
「彼をローガンと呼んで許されるのは、ダニエル・オライオン唯一人なんだ。」

 ケンウッドは考えをまとめた。

「ジョンソン氏に落ち度はなかった。だが、彼は知らずにハイネの大切な思い出を踏んづけてしまったんだ。」

 そして彼は仲間に断言した。

「ハイネはもう落ち着いているよ。ジョンソン氏も辞表を出すのが早すぎたな。」