2017年7月4日火曜日

侵略者 5 - 3

 翌日、定例の執政官会議が開かれた。ドームの研究内容の確認だ。地球人の女子誕生にこぎつける研究がどこまで進んでいるか、遺伝子学者達が報告と意見交換をする。
正直なところ、ケンウッドはこの会議は好きでない。ちっとも進展がないし、時間の無駄だ。それに自分達の無能さを互いに披露して批判し合っているだけだ。
 リン長官もこの時は科学者の顔で部下達の報告を神妙に聞き、自身の研究内容を紹介する。彼の研究も地球人女性のX染色体が男性のX染色体を拒絶する理由を解明出来ない。
 2時間ばかりのだらだらした話合いの後、そろそろお開きにしようとなったところへ、サム・コートニー医療区長が現れた。

「遅れて申し訳ありません。」

 彼がわざとらしく息を弾ませて謝罪した。

「遅れたどころじゃないだろ、もう閉会だ。」

 リン長官は怒っていない。彼はポール・レイン・ドーマーを独占出来て嬉しいので、近頃機嫌が良かった。パーシバルのファンクラブは、既存のファンクラブを吸収して大きくなり、なんとかポールや若いドーマー達をリン一派から引き離そうと画策するが、肝心のドーマー達が無気力なので功を奏さない。
 その日珍しく遺伝子管理局長の席に座っていたヴァシリー・ノバック局長代理がからかい口調で言った。

「遅れた理由を聞く時間はありますがね。」

 他の執政官達は苦い表情をした。医療区長の遅刻は大概ドーマーの「通過」で経過観察をしていて時間を忘れてたことに拠るものが多かったからだ。
 コートニーはニヤッと笑った。

「では、理由を説明しましょう。貴方にとっては朗報ですよ、ノバックさん。」

 ノバックは博士ではないので、「さん」付けで呼ばれた。局長や局長代理とは誰も呼ばない。朗報と言われて、ノバックは怪訝な顔をした。
 コートニー医療区長はリン長官を真っ直ぐに見た。

「遺伝子管理局長ローガン・ハイネ・ドーマーが目覚めました。」

 ええっ! と会議室に衝撃が走った。ケンウッドとパーシバルも驚いたが、この2人の驚きは「今頃の発表かい!」だった。
 ざわざわと騒がしくなった会議室内で、ノバックが顔を蒼白にして座っていた。リン長官の目も一瞬泳いだ。
 執政官の中から質問が上がった。

「確かですか? 彼は、その・・・」
「確かです。映像に出しましょうか?」

 コートニーは端末を操作して、会議室の中央にある3次元画像テーブルに映像を立ち上げた。
 隔離室のベッドの上でローガン・ハイネ・ドーマーが秘書の介助を受けながら水を飲んでいた。秘書が話しかけると、彼はかすかながら頷き、また頭を枕に戻した。
 ケンウッドは呆気にとられた。秘書が2人のうちのどちらか判明しなかったのだが、それは防護服を着ていたからだ。その必要はないはずだが?
 パーシバルも不思議そうな顔でケンウッドを見た。
 コートニーが説明した。

「彼は昨夜遅く目覚め、驚異的な体力で恢復し、自力で水分補給が出来るようになりました。奇跡としか言いようがありません。」
「本当に・・・昨夜目覚めたのか?」

 リン長官が疑わしげに尋ねた。無理もない、1週間前は死体同然だったのだ。
 コートニーは「本当です」とムッとした口調で答えた。

「彼はまだ体内に黴の胞子を持っているので、あの様に介護者は防護服着用が必須です。ですが、食事が出来るようになりましたから、自身の体力と薬剤で黴を除去出来るでしょう。」
「何故、目覚めたのだ?」
「それが謎ですねぇ。」

 コートニーは科学者らしくない言い方をした。

「進化型1級遺伝子の所持者は、本当に謎だらけですよ。」

 リン長官がまた重ねて尋ねた。

「まだ彼を部屋から出せないのか?」
「出せません。」

 コートニーが断言した。

「しかし、仕事は出来ます。2,3週間で元通りの仕事が出来るようになります。」
「しかし、黴が・・・」
「それが問題でして・・・当分、隔離室の中で業務させることになるでしょうね。」

 パーシバルがケンウッドの端末にメッセージを入れた。

ーー彼はどう言うつもりなんだ?

 彼とは、コートニーのことだとケンウッドはわかったが、答えはわからなかった。昨夜、ヤマザキはもう再発はないと断言したのだ。