午前中に執政官会議があった。中央研究所の大会議室で執政官ほぼ全員が集まって話合いをする。その日の議題はドームに入って来るマスコミ対策だった。
保安課長ダニエル・クーリッジが前日の春分祭の最中に観察棟に侵入したテレビ記者を捕まえた話をした。執政官の多くは女装したり模擬店の世話をしていたので、初耳だった。収容されているクローンの子供達に実害はなかったのかと心配の声が上がった。
クーリッジは重症者が撮影されたが、遺伝子管理局長が画像を確認して削除したと報告した。
「幸いなことに、子供達へのインタビューや接触はなかった。また軽症の子供達は祭りで遊びに行かせていたので、無事だった。」
執政官達から安堵の声が漏れた。ドームに無許可で製造された違法クローンと雖も、生まれた以上は人間だ。権利や安全は守ってやらねばならない。
遺伝子管理局長とクーリッジの口から言葉が出た時、何人かは末席の遺伝子管理局の椅子を見た。その日もそこは空席だった。ハイネ局長はもとよりペルラ・ドーマーもセルシウス・ドーマーも呼ばれていなかった。これは「執政官会議には必ず地球人を参加させるべし」と言う地球人類復活委員会の会則に違反していた。
リン長官が部下達の頭から地球人代表の不在を取り除こうと、話題を振った。
「どうすれば今後あの様な事件を繰り返さずに済むか、諸君の考えを聞かせて欲しい。」
執政官達は最初ぼそぼそと隣席の人と話をしていた。それから声が少しずつ大きくなり、かなり会議室内が賑やかになってきた。
ケンウッドはマスコミ対策は保安課の仕事ではないのかと思った。長官と保安課がしっかりタッグを組んで入り込む連中の身元確認や目的を明確にさせることを徹底させれば良いだけの話だ。学者達がああだこうだと議論する問題ではない。友人のパーシバルを見ると、神経系の研究者は居眠りをしていた。
「そのテレビ記者の本当の目的は何だったのでしょう?」
と不意にキーラ・セドウィック博士が誰に対してと言うでもなく質問した。
「お祭りの最中にクローンの子供達を撮影して、寝ている姿を宇宙に流しても意味はありませんわねぇ。観察棟の子供達は病気の治療を受けているだけですもの。元気な子供は勉強を教わっていますでしょ? テレビがわざわざ流す様な内容はありませんわね。」
「では、あの男は何を撮りたかったと言うのだ?」
リン長官が警戒しながら逆に尋ねた。幽閉している遺伝子管理局長を取材しに来たとでも言うのか、と心配しているのだ。キーラは彼をちらりと見て、会議場をぐるりと見廻した。
「その記者は、取り替え子の実態を取材したかったのではありませんか?」
ざわっと会議室内が揺れた様な感覚をケンウッドは覚えた。キーラは縫いぐるみの目を通して記者がハイネの部屋に侵入した時の模様を見ていたのだ。記者にはその部屋が監禁部屋だとはわからなかったはずだ。ハイネは遊びに出ていて留守だったから。保安課は昨日お祭りが開催されている時間帯、クローンの子供達が自由に出入り出来るよう、各部屋のロックを開錠したままにしておいた。観察棟は牢獄ではないので、日頃から建物内は自由に出歩けるのだ。棟の入り口だけパスワードがなければ開かないのだが、昨日はそれも開放されていた。記者は順番に部屋を覗いて、ハイネの部屋にも偶然入っただけだったはずだ。
他の部屋とは調度や雰囲気が異なることに記者は気づいただろう。コンピュータにも気が付いたのだ。遺伝子管理局長はドームの最高機密を扱う人物だ。彼のコンピュータは彼にしか開かれない。記者はそれを触っているところを確保された。夢中でパスワードを探っていたのだ。
ハイネがカメラのデータを初期化したのは、記者が子供達を撮影したからではなかった。彼の部屋を撮影したからだ。メディアが知りたいのは、ドームが地球人の種の保存に対して具体的にどんな方法で取り組んでいるのか、それがどれだけ功を奏しているのかと言うことだ。クローンを収容しておく建物に、何やら秘密めいた部屋がある。それだけで記者は興味を惹かれた。誰の部屋なのかわからないが、重要なものが見つかるかも知れない。自主製作ドキュメンタリー番組を大手テレビ局に売って暮らしているフリーの記者にとって、もしかするととんでもないお宝に見えた可能性があった。
「何があろうと、研究施設に外部の人間が入らないよう、しっかり見張って頂きたいですわ。」
キーラ・セドウィック博士は、長官やその腰巾着達に、無能ね、と言いたいのだ。ドーマーを玩具にして楽しむことばかりに時間を費やし、本当の仕事を忘れている。自分達の仕事は、ドーマーをなくすことだ。と彼女は言いたいのだった。
クーリッジが自分の仕事にケチを付けられたと感じたらしく、赤くなって彼女に言った。
「質の悪いメディア関係者の情報を各大陸ドームで交換し合うことにした。取り替え子は創る数が限られて来る。増やしたいが、それにはコロニーの協力が不可欠だ。マスコミの取材を拒否する訳にはいかない。これからは立ち入り許可を与えるジャーナリスト達も厳選する。」
キーラ・セドウィック博士は、本当はそんなことを言っているのではない、と言いたげな顔をしたが、それ以上は突っ込まなかった。リン長官のシンパが何人いるのかわからない場所で、大勢を敵にまわすのは危険だと判断した。
彼女はケンウッドの方を見た。ケンウッドは彼女が賢明にも黙り込んだのを見て、頷いて見せた。敵は、頭であるリン長官を取り除けば自然に解体されるはずだ。そのきっかけを見つけなければならない。
保安課長ダニエル・クーリッジが前日の春分祭の最中に観察棟に侵入したテレビ記者を捕まえた話をした。執政官の多くは女装したり模擬店の世話をしていたので、初耳だった。収容されているクローンの子供達に実害はなかったのかと心配の声が上がった。
クーリッジは重症者が撮影されたが、遺伝子管理局長が画像を確認して削除したと報告した。
「幸いなことに、子供達へのインタビューや接触はなかった。また軽症の子供達は祭りで遊びに行かせていたので、無事だった。」
執政官達から安堵の声が漏れた。ドームに無許可で製造された違法クローンと雖も、生まれた以上は人間だ。権利や安全は守ってやらねばならない。
遺伝子管理局長とクーリッジの口から言葉が出た時、何人かは末席の遺伝子管理局の椅子を見た。その日もそこは空席だった。ハイネ局長はもとよりペルラ・ドーマーもセルシウス・ドーマーも呼ばれていなかった。これは「執政官会議には必ず地球人を参加させるべし」と言う地球人類復活委員会の会則に違反していた。
リン長官が部下達の頭から地球人代表の不在を取り除こうと、話題を振った。
「どうすれば今後あの様な事件を繰り返さずに済むか、諸君の考えを聞かせて欲しい。」
執政官達は最初ぼそぼそと隣席の人と話をしていた。それから声が少しずつ大きくなり、かなり会議室内が賑やかになってきた。
ケンウッドはマスコミ対策は保安課の仕事ではないのかと思った。長官と保安課がしっかりタッグを組んで入り込む連中の身元確認や目的を明確にさせることを徹底させれば良いだけの話だ。学者達がああだこうだと議論する問題ではない。友人のパーシバルを見ると、神経系の研究者は居眠りをしていた。
「そのテレビ記者の本当の目的は何だったのでしょう?」
と不意にキーラ・セドウィック博士が誰に対してと言うでもなく質問した。
「お祭りの最中にクローンの子供達を撮影して、寝ている姿を宇宙に流しても意味はありませんわねぇ。観察棟の子供達は病気の治療を受けているだけですもの。元気な子供は勉強を教わっていますでしょ? テレビがわざわざ流す様な内容はありませんわね。」
「では、あの男は何を撮りたかったと言うのだ?」
リン長官が警戒しながら逆に尋ねた。幽閉している遺伝子管理局長を取材しに来たとでも言うのか、と心配しているのだ。キーラは彼をちらりと見て、会議場をぐるりと見廻した。
「その記者は、取り替え子の実態を取材したかったのではありませんか?」
ざわっと会議室内が揺れた様な感覚をケンウッドは覚えた。キーラは縫いぐるみの目を通して記者がハイネの部屋に侵入した時の模様を見ていたのだ。記者にはその部屋が監禁部屋だとはわからなかったはずだ。ハイネは遊びに出ていて留守だったから。保安課は昨日お祭りが開催されている時間帯、クローンの子供達が自由に出入り出来るよう、各部屋のロックを開錠したままにしておいた。観察棟は牢獄ではないので、日頃から建物内は自由に出歩けるのだ。棟の入り口だけパスワードがなければ開かないのだが、昨日はそれも開放されていた。記者は順番に部屋を覗いて、ハイネの部屋にも偶然入っただけだったはずだ。
他の部屋とは調度や雰囲気が異なることに記者は気づいただろう。コンピュータにも気が付いたのだ。遺伝子管理局長はドームの最高機密を扱う人物だ。彼のコンピュータは彼にしか開かれない。記者はそれを触っているところを確保された。夢中でパスワードを探っていたのだ。
ハイネがカメラのデータを初期化したのは、記者が子供達を撮影したからではなかった。彼の部屋を撮影したからだ。メディアが知りたいのは、ドームが地球人の種の保存に対して具体的にどんな方法で取り組んでいるのか、それがどれだけ功を奏しているのかと言うことだ。クローンを収容しておく建物に、何やら秘密めいた部屋がある。それだけで記者は興味を惹かれた。誰の部屋なのかわからないが、重要なものが見つかるかも知れない。自主製作ドキュメンタリー番組を大手テレビ局に売って暮らしているフリーの記者にとって、もしかするととんでもないお宝に見えた可能性があった。
「何があろうと、研究施設に外部の人間が入らないよう、しっかり見張って頂きたいですわ。」
キーラ・セドウィック博士は、長官やその腰巾着達に、無能ね、と言いたいのだ。ドーマーを玩具にして楽しむことばかりに時間を費やし、本当の仕事を忘れている。自分達の仕事は、ドーマーをなくすことだ。と彼女は言いたいのだった。
クーリッジが自分の仕事にケチを付けられたと感じたらしく、赤くなって彼女に言った。
「質の悪いメディア関係者の情報を各大陸ドームで交換し合うことにした。取り替え子は創る数が限られて来る。増やしたいが、それにはコロニーの協力が不可欠だ。マスコミの取材を拒否する訳にはいかない。これからは立ち入り許可を与えるジャーナリスト達も厳選する。」
キーラ・セドウィック博士は、本当はそんなことを言っているのではない、と言いたげな顔をしたが、それ以上は突っ込まなかった。リン長官のシンパが何人いるのかわからない場所で、大勢を敵にまわすのは危険だと判断した。
彼女はケンウッドの方を見た。ケンウッドは彼女が賢明にも黙り込んだのを見て、頷いて見せた。敵は、頭であるリン長官を取り除けば自然に解体されるはずだ。そのきっかけを見つけなければならない。