2017年7月29日土曜日

侵略者 8 - 7

 日中、多くのドーマー達は各自の仕事で忙しい。だから森は無人に近くなる。ヘンリー・パーシバルは東屋にダリル・セイヤーズ・ドーマーを連れ出すと、そこで待てと言い置いて立ち去った。
 セイヤーズは森を眺め、ドームの天井越しに空を見上げ、生まれ故郷に戻って来たんだなぁと思った。明日になればまたジェット機に乗って西ユーラシアに戻らなければならない。向こうのアパートにも馴染んできたし、そんなに辛くはないが、これから旧友達と出会うと里心がついてしまうかも知れない。
 ちょっと時間が余りそうな気配だったので、彼は端末を出し、アメリカ・ドームの最新ニュースを探した。ドーマー達のゴシップや執政官の失敗談などだ。新しい研究成果がないが、それは地球上どこのドームでも同じだった。どのドームも女性誕生の方法を模索し失敗する。あの大家族が本当の血縁関係者だけの集団になれるのは何時だろう、と彼は思った。
 ふと日が陰った。顔を上げると、そこにポール・レイン・ドーマーが立っていた。美しい顔を固くして、じっと彼を見下ろしていた。
 セイヤーズは彼に出会ったら何を言おうといろいろ飛行機の中で考えてきたのだが、この瞬間、全部忘れてしまった。ただ嬉しくて、勢いよく立ち上がった。

「ポール!」

 抱きつこうとして、彼は動きを止めた。レインはニコリともしなかったのだ。ただ幼馴染みで部屋兄弟で恋人だったセイヤーズを黙って見つめているだけだった。
 セイヤーズは困惑した。大好きなポールは一体どうしてしまったのだ?
 彼はやっとの思いで尋ねた。

「元気だった?」

 レインは頷いた。

「君も元気そうで良かった。」

と彼は言った。何の感情も含めない声だったので、セイヤーズはそれまでの興奮が急激にしぼむのを感じた。レインはまだリン長官の愛人をやっているのか? コロニー人のご機嫌をとって出世をしたいのか?
 ドーマー交換に出される前、セイヤーズとレインは喧嘩をしたのだ。レインがリン長官の愛人としていろいろと優遇されるのを、彼は不愉快に思った。人間としてのプライドを捨てて職務上の地位を上げてもらって、それが何になるのか、と彼は恋人に抗議した。しかしレインは、妻帯許可をもらえるじゃないか、と言った。結婚出来る権利をもらえれば、好きな女性ドーマーと一緒になれるし、一人前の男として仕事でも箔が付く、と。
ドーマー達は男社会だから、同性愛が多い。しかし中には女性との結婚許可を得て妻帯する者もいる。そして、これは非ドーマーには理解し難いことだが、彼等は女性と結婚しても男の恋人との仲も続ける。セイヤーズもレインが妻帯を希望することに異を唱えはしなかった。しかし、妻帯する為にコロニー人に自身を売るのは反対だった。だから彼はレインに抗議した。誇りを売るなんて止めろと。しかし、レインは聞き入れなかった。
 セイヤーズは、レインに尋ねた。

「リン長官のペットになるのは楽しいか?」

 すると、レインは平然と答えた。

「仕事だよ。ベッドに入る度に出世出来る。妻帯許可をもらえるのも、間もなくさ。」

 セイヤーズは足許が崩れていくような気分だった。彼は自分の質問でレインが怒ることを期待したのだ。怒って誇りを持っていることを示して欲しかった。しかし、レインは怒らなかった。ただ水色の目でじっと彼を見つめているだけだった。
 セイヤーズは顔を背けた。泣きたい気分だったが、涙は出なかった。泣いてしまうのが悔しかった。
 レインには言いたいことがいっぱいあったのだ。旧大陸で出会った大家族のこと。愛し合い信頼し合う人々と毎日一緒に楽しく暮らせたら、どんなに幸せだろうと・・・。でも、もう何も言えなくなってしまった。
 ダリル、とレインが彼の名前を呼び、彼の肩に手を掛けた。

「今夜は泊まっていくのか?」

と彼が尋ねたので、セイヤーズは小さく頷いた。

「ゲストハウスを用意してくれているそうだから・・・もう私の部屋はないんだろ?」
「ああ・・・」

 セイヤーズは精一杯勇気を振り絞って言った。

「最後にもう1度だけ、君が欲しい。」

 レインはちょっと黙ってから、囁きかけた。

「俺の部屋に来い。」
「今から?」
「ああ・・・夕食まで時間があるだろう。」

 それだけ言うと、レインは彼の肩から手を外し、くるりと背中を向けて歩き始めた。セイヤーズは急いで彼の後ろをついていった。見失うはずのない場所に居るのに、彼を見失うまいと思い詰めて。