3日後、ローガン・ハイネ・ドーマーは医療区からクローン観察棟へ移された。
クローン観察棟は、遺伝子管理局が逮捕した遺伝子管理法違反者の子供、つまり違法製造されたクローン達を収容して健康状態をチェックする施設だ。違法クローン製造業者、所謂メーカー連中が製造したクローンは、あまり丈夫でない体で生まれてくる場合が多い。ドームの様な完成された設備や薬品が使用されないからだ。保護されたクローン達の多くは何らかの疾病に罹っている。心臓病や血液の病気、癌、皮膚病、つまり親の細胞にあった疾病の遺伝がそのまま出て来ているのだ。ドームはクローン達を観察して、治療法を検討する。クローンも生まれた以上は人間だ。生命の尊厳を冒さないように、彼等が与えられた生を全う出来るようにドームは努力する。治療の甲斐あって元気になったクローンはドームの外にあるクローン保護収容所に移され、親が刑期を終えて出てくる迄そこで生活する。彼等は正式な出生届けを為されておらず、教育を受ける機会を得られなかったので、収容所で基礎的な学習を受ける。学業優秀なら、出所後に学校や大学に行けるように政府から援助ももらえる。そして18歳になれば、成人登録され、晴れて「地球人」としての権利をもらえるのだ。
ハイネがクローン観察棟に移されたのは、そこにリハビリ設備が整っていたからだ。(と、リン長官は言い訳した。)観察棟は、医療区と中央研究所の間にあり、ハイネにあてがわれた角部屋は、長官室からよく見えた。室内にコンピュータや執務机、会議用テーブルなどが設置され、局長室が引っ越して来たような光景だったが、奥にはベッドがあるし、全体的に手狭だった。
ハイネはなんとか自力で立ち上がり、物に捉まって伝い歩きをする練習を始めた。突発性睡眠症候群の発作が出て怪我をするといけないと言う理由で、引っ越しの2日後、リン長官は火星の第1コロニーから評判の介護人を招致したのだが、この人物はどう言う原因なのか当人にもわからないまま、ハイネの激怒を買って初日で地球から逃げ去った。
「ハイネ局長が顔色を変えて、あのコロニー人をぶん殴ろうとしたので、僕は慌てて後ろから彼を羽交い締めにして止めたんだ。」
介護人に付き添ってハイネの部屋に入ったヤマザキが、その日の夕食時にケンウッドとパーシバルに説明した。
「その介護人は何故ハイネの逆鱗に触れたのだ?」
とケンウッドが尋ねた。
「ハイネが怒ったところなど、私は見たことがないし、噂でも一度も聞いたことがない。彼はどんな時も冷静でいられる男だぞ。」
「僕にはわからない。僕だって、彼が取り乱したのを見たのは初めてだった。」
パーシバルが提案した。
「観察棟の部屋は全て保安課がモニターしているだろ? 食事の後で見せてもらいに行かないか? 医師が患者の状態をチェックするのは当然の行為だから、保安課も拒めないはずだ。それにリン一派も、何がハイネの気に入らなかったのか、知りたいだろうよ。」
「激怒した後、ハイネは何か言ったのか?」
「言う前に眠ってしまった。怒りはエネルギーを消費するから。」
「リンは長官室から見ていたかな?」
「どうだかね・・・ハイネは中央研究所側窓のブラインドを閉めていたから。」
「秘書はいなかったのか?」
「2人のうち、年嵩の方・・・ペルラ・ドーマーが観察棟、若い方が本部で連携して業務をすることになっているのだが、あの時ペルラは部屋の外にいた。騒ぎを聞いて慌てて戻って来て、今、ずっと部屋でハイネに付き添っている。」
「ペルラ・ドーマーも苦労だな。ボス本人は良い上司だが、周囲がちょっかいを出してくるから、守らなきゃいけない。」
美しい若いドーマーを守っているパーシバルは、局長秘書に同情した。彼が愛するポール・レイン・ドーマーはまだリン長官の『愛人』をやっているが、生まれ持った接触テレパスの能力を長官に知られないように用心深く振る舞っている。そして時々長官の手から読み取った情報をパーシバルや仲間のドーマーにこっそり流している。
火星から来たコロニー人の介護人の情報もレインが昨日仕入れて来た。長官はハイネの行動を逐一報告させる目的で介護人をわざわざ宇宙から雇い呼び寄せたのだ。しかし、ハイネは介護人のスパイ行為ではなく、何か別のことで怒りを爆発させた。それが何か、そばにいたヤマザキにもわからないのだ。
ケンウッドはハイネ本人に会って理由を聞きたかったが、今回の引っ越しは体の良い幽閉だ。観察棟は執政官であれば入場出来るが、収容者に面会する場合は保安課の許可が要る。フリーパスでハイネに面会出来るのは、グレゴリー・ペルラ・ドーマーとヤマザキ・ケンタロウ医師だけだ。リン長官は幽閉の批判を避ける為に、自らフリーパスの面子から外れていた。仕事はさせるが、部下のドーマーとは接触させない。リンは言いなりになってくれないドーマーのリーダーをそうやって仲間から引き離した。
クローン観察棟は、遺伝子管理局が逮捕した遺伝子管理法違反者の子供、つまり違法製造されたクローン達を収容して健康状態をチェックする施設だ。違法クローン製造業者、所謂メーカー連中が製造したクローンは、あまり丈夫でない体で生まれてくる場合が多い。ドームの様な完成された設備や薬品が使用されないからだ。保護されたクローン達の多くは何らかの疾病に罹っている。心臓病や血液の病気、癌、皮膚病、つまり親の細胞にあった疾病の遺伝がそのまま出て来ているのだ。ドームはクローン達を観察して、治療法を検討する。クローンも生まれた以上は人間だ。生命の尊厳を冒さないように、彼等が与えられた生を全う出来るようにドームは努力する。治療の甲斐あって元気になったクローンはドームの外にあるクローン保護収容所に移され、親が刑期を終えて出てくる迄そこで生活する。彼等は正式な出生届けを為されておらず、教育を受ける機会を得られなかったので、収容所で基礎的な学習を受ける。学業優秀なら、出所後に学校や大学に行けるように政府から援助ももらえる。そして18歳になれば、成人登録され、晴れて「地球人」としての権利をもらえるのだ。
ハイネがクローン観察棟に移されたのは、そこにリハビリ設備が整っていたからだ。(と、リン長官は言い訳した。)観察棟は、医療区と中央研究所の間にあり、ハイネにあてがわれた角部屋は、長官室からよく見えた。室内にコンピュータや執務机、会議用テーブルなどが設置され、局長室が引っ越して来たような光景だったが、奥にはベッドがあるし、全体的に手狭だった。
ハイネはなんとか自力で立ち上がり、物に捉まって伝い歩きをする練習を始めた。突発性睡眠症候群の発作が出て怪我をするといけないと言う理由で、引っ越しの2日後、リン長官は火星の第1コロニーから評判の介護人を招致したのだが、この人物はどう言う原因なのか当人にもわからないまま、ハイネの激怒を買って初日で地球から逃げ去った。
「ハイネ局長が顔色を変えて、あのコロニー人をぶん殴ろうとしたので、僕は慌てて後ろから彼を羽交い締めにして止めたんだ。」
介護人に付き添ってハイネの部屋に入ったヤマザキが、その日の夕食時にケンウッドとパーシバルに説明した。
「その介護人は何故ハイネの逆鱗に触れたのだ?」
とケンウッドが尋ねた。
「ハイネが怒ったところなど、私は見たことがないし、噂でも一度も聞いたことがない。彼はどんな時も冷静でいられる男だぞ。」
「僕にはわからない。僕だって、彼が取り乱したのを見たのは初めてだった。」
パーシバルが提案した。
「観察棟の部屋は全て保安課がモニターしているだろ? 食事の後で見せてもらいに行かないか? 医師が患者の状態をチェックするのは当然の行為だから、保安課も拒めないはずだ。それにリン一派も、何がハイネの気に入らなかったのか、知りたいだろうよ。」
「激怒した後、ハイネは何か言ったのか?」
「言う前に眠ってしまった。怒りはエネルギーを消費するから。」
「リンは長官室から見ていたかな?」
「どうだかね・・・ハイネは中央研究所側窓のブラインドを閉めていたから。」
「秘書はいなかったのか?」
「2人のうち、年嵩の方・・・ペルラ・ドーマーが観察棟、若い方が本部で連携して業務をすることになっているのだが、あの時ペルラは部屋の外にいた。騒ぎを聞いて慌てて戻って来て、今、ずっと部屋でハイネに付き添っている。」
「ペルラ・ドーマーも苦労だな。ボス本人は良い上司だが、周囲がちょっかいを出してくるから、守らなきゃいけない。」
美しい若いドーマーを守っているパーシバルは、局長秘書に同情した。彼が愛するポール・レイン・ドーマーはまだリン長官の『愛人』をやっているが、生まれ持った接触テレパスの能力を長官に知られないように用心深く振る舞っている。そして時々長官の手から読み取った情報をパーシバルや仲間のドーマーにこっそり流している。
火星から来たコロニー人の介護人の情報もレインが昨日仕入れて来た。長官はハイネの行動を逐一報告させる目的で介護人をわざわざ宇宙から雇い呼び寄せたのだ。しかし、ハイネは介護人のスパイ行為ではなく、何か別のことで怒りを爆発させた。それが何か、そばにいたヤマザキにもわからないのだ。
ケンウッドはハイネ本人に会って理由を聞きたかったが、今回の引っ越しは体の良い幽閉だ。観察棟は執政官であれば入場出来るが、収容者に面会する場合は保安課の許可が要る。フリーパスでハイネに面会出来るのは、グレゴリー・ペルラ・ドーマーとヤマザキ・ケンタロウ医師だけだ。リン長官は幽閉の批判を避ける為に、自らフリーパスの面子から外れていた。仕事はさせるが、部下のドーマーとは接触させない。リンは言いなりになってくれないドーマーのリーダーをそうやって仲間から引き離した。