2017年7月15日土曜日

侵略者 6 - 3

 「サタジット・ラムジーと言う遺伝子学者は、不幸な経歴を持っていました。」

 とハイネが語り出した。

「彼の妻は結婚後3年目で病死しました。とても仲の良い夫婦だったそうです。2人の間には1人息子がいて、ラムジーは妻の死を深く悲しみましたが、息子の為に身を粉にして働いたそうです。研究者ですから、収入もそれほどではなく、子供の養育費も馬鹿にならなかったでしょう。しかし彼は立派に息子を育て上げ、自身も地球人類復活委員会に招かれ、職を得ました。地球で働くことは、コロニーの科学者の世界では出世コースなのだと聞きましたが?」

 ハイネが問いかけるようにテーブルの周囲に座った博士達を見廻した。ケンウッド達は互いの顔を見合わせた。

「どうだろうね?」
「まだコロニーに帰っていないから、何とも言えないよ。」
「まぁ、ドームの中に居る限り、そんなに自分の金は使わないから、貧乏はしないなぁ。必要経費が通ればお金は使い放題だし。」
「使い放題は言い過ぎだろう。」

 ケンウッドはハイネを見て、話の先を促した。それでハイネは続きを語った。

「ラムジー博士はクローン製造部門で働いていました。私は彼とは中央研究所の通路や食堂ですれ違う時に挨拶する程度で、付き合いはありませんでした。恐らくペルラ・ドーマー達局員も直接彼と口を利く用事はなかったはずです。」

 ペルラ・ドーマーが首を振って同意した。

「ラムジーの息子は航宙貨物船の乗員として働き始め、5週間に1度ドームの荷物を届ける際には、ラムジーは送迎フロアへ会いに行っていたそうです。その息子が乗った貨物船が事故を起こしました。船は救助信号を発した後、太陽の引力で引きずられ、人間の手では何も出来ない距離まで流され、やがて消滅しました。」

 どんな事故だったのかドーマー達には知らされなかった。だからハイネは事故の話はそれ以上語らなかった。

「ドームはラムジー博士に休暇を与え、博士は木星コロニーに帰っていましたが、息子の遺体のない葬儀を済ませると早々にドームに戻って来ました。そして寂しさを解消させるかの様に業務に励みました。彼の研究室の人々は、働くことで博士の気が紛れるのであればと思っていたそうです。」
「ところがラムジーは死体から細胞を盗んできてはクローンを造ろうとしていた?」
「そうです。彼は息子の代用を造ろうとしていたのでしょう。」

 事件が発覚してラムジーが逃亡した後、当時内務捜査班に所属していたハイネは中央研究所のラムジーの研究室やアパートを捜索した。ラムジーが残した資料を検証し、彼の研究がどこまで進んでいたか調べたのだ。

「死体からクローンを製造する技術は新しいものではありません。地球で現在生活している野生生物の多くは1度絶滅したのです。それを博物館や多くの在野の収集家が所有していた標本から再生させクローンを増やし、復活させたのです。ただ、人間は倫理や宗教の問題があって、禁止されています。どんなに亡くなった子供が愛しくても、復活させることは許されないのです。」
「それにラムジーの息子は宇宙船ごと燃え尽きたんだろ?」

 パーシバルが理解出来ないと呟いた。

「他人の細胞から造った子供は息子の代用ですらないのに。子供が欲しければ養子をもらえば良い・・・」
「ラムジーは自身の細胞と死体の細胞を組み合わせて息子を創ろうとしていたのですよ。」

 ハイネは秘書を見た。

「私は火傷を負って入院していたペルラ・ドーマーに会い、事情聴取をして、ラムジーがミシガン湖の畔で設けていた私設研究所の中の様子を聞き取りました。」
「大して記憶していなかったので、私はお役に立てませんでしたが・・・」

 ペルラ・ドーマーは微かに頬を赤く染めた。

「あの時、私は初めて局長と直にお会いして言葉を交わしました。」

 当時ハイネは既に50歳頃だった。外観は20代に見えただろう。執政官達から大切にされている、ドームの中では知らない者がいない有名な白い髪の美しいドーマーに病室に尋ねて来られて、30代のペルラ・ドーマーはド緊張したはずだ。
 ハイネはちょっと意外そうな顔をした。

「そうだったかな? 私はもっと前から君を知っていたと思ったが・・・」

 内務捜査班は遺伝子管理局の中でも異色の部門だ。ドームの中での犯罪、主に執政官の不正研究を捜査するので、普段は身分を明かさず、維持班や研究助手の中に混じって働いている。
 しかし、ローガン・ハイネ・ドーマーを知らないドーマーや執政官はいないだろう!
 ハイネはペルラ・ドーマーの近くで働いていた様な口ぶりだが、ペルラ・ドーマーはハイネがそばに居た記憶などない。
 ヤマザキがその件は無視することに決めて、ハイネに先を促した。

「それで、君の捜査でどんなことがわかったんです?」

 ハイネが溜息をついた。

「ラムジーは火星の人類博物館から貴重な古代人の細胞を盗み、胚を創っていました。」
「それは・・・?」
「古代人を復活させていたかも知れないのです。」

 ハイネは曖昧な言い方をした。確証が取れなかったのだ。ケンウッドはその話の重要性に気が付いた。

「古代人の胚? 古代人のクローンと言うことは・・・まさか・・・」

 ハイネが頷いた。

「ええ、女の子を生める人間だったかも知れません。」