ポール・レイン・ドーマーを励まし、宥め、パーシバルの部屋からドーマー用のアパートへ送り届けると日付が変わっていた。レインの部屋の隣は灯りが点いていた。セイヤーズの部屋だ。眠れないのか、それとも明日の出発の準備をしているのか。一本気なレインと違ってセイヤーズはどちらかと言えば脳天気な子供だった。新天地でもきっと友達をつくって上手くやっていけるだろう。それにあの若者は記憶力が異常に良い。語学も大丈夫だ。西ユーラシアはアメリカと違って他言語ドームなので、多くの言語を覚えなければならないが、セイヤーズはテレビを見ているだけでも覚えてしまうから、日常会話も不自由しないはずだ。
皮肉だが、リン長官はドーマー交換に適材を選んだとも言える。
ケンウッドは中央研究所に向かい、自身の研究室に入った。自分の仕事は最近手つかずのままで、助手に任せっぱなしだ。助手達は何も言わない。コロニー人の博士がドーマーのために走り回っているのだから、ドーマーの助手は文句を言わないのだ。
ケンウッドの研究室は地球時間制を採用して夜は休むのだが、1人だけ残って論文を作成していた。若いコロニー人の学者で、地球で大学論文を書いているのだ。彼はケンウッドが部屋に入ってくると振り返った。
「先生、今日は夕方から医療区が騒々しいと噂になっていますが、遺伝子管理局の局長に何かあったんですか?」
ケンウッドは、秘密にするつもりはなかったが、別に、と言ってしまった。夜が明ければ医療区から公式に発表があるだろう。ハイネが生き延びたか、そうでなかったか・・・。
この若い弟子は、元気だった頃のハイネを見たことがない。だが、コロニーに居た頃にテレビ中継されたアメリカ・ドームの春分祭を見たことがあった。これは男性執政官達が女装して、ドーマー達が誰が一番美人か投票をする馬鹿騒ぎだ。ケンウッドは初めて女装させられた時は恥ずかしくて小さくなってしまったが、回を重ねると慣れてしまった。
それにテレビカメラは主に幹部を追いかけるし、一番の目的は女装した科学者達ではなく、美しい地球人の姿を撮影することだとわかったからだ。カメラマンの趣味も影響するが、必ずどの年もテレビはローガン・ハイネ・ドーマーを捜し、追いかけていた。ハイネは短いインタビューには応じるが、あまりテレビクルーがしつこいと人混みの中に逃げ込んでしまう。若い弟子は、2年前の放映で、人波の中に消えて行く白い髪のドーマーを見て、地球へ行ってみたくなったと言っていた。
この男が本物を見て、実際に言葉を交わせる日が来れば本望だろう。
ケンウッドは疲れていたが、机の上を整理して、書類を2,3片付けた。その間に弟子は論文に一区切り付けて、おやすみなさい と言ってアパートに帰っていった。
ケンウッドはお茶を淹れ、また机の前に座って、ちょっと目を閉じた。
そのまま眠ってしまったらしい。端末の着信音で目が覚めて、慌てて顔を上げると2時間ほど経っていた。電話はグレゴリー・ペルラ・ドーマーからだった。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
「いや・・・研究室でうたた寝していただけだ。君はまだ医療区か?」
「はい。たった今、手術が終わりました。」
ドキンっと胸が鳴った。ケンウッドは端末を持つ手に力を入れた。
「どうなった?」
「多分、順調です。」
「多分?」
「部屋の中の音声が全く聞こえないので・・・」
「ハイネは?」
「ヤマザキ医師が抱えて何か言ってます。医師はマスクを外してますね。他の人々はまだ装着したままですが。」
「医師が患者を抱えているとは、どんな体勢だ?」
「ヤマザキ医師はベッドの上に上がって、局長を膝の上で横抱きにしています。局長の背中をさすっています。あっ!」
「なんだ?」
ペルラ・ドーマーが大声を出したので、ケンウッドは一瞬うろたえた。ペルラ・ドーマーが「すみません」と謝った。
「局長が何か吐き出しました。看護師がジェルとペールで受け止めて飛散を防ぎました。ヤマザキ医師は局長の肺から残った洗浄液を吐かせている様です。」
「機械で吸引するんじゃないのか?」
「吸引はしました。今のは局長自身の体が不要な物を捨てたみたいです。」
あの衰弱した体で嘔吐はかなり体力を消耗するだろう、とケンウッドは心配になった。その時、電話から聞こえてくる声が変わった。
「ニコラスか?」
サム・コートニー医療区長だ。ペルラ・ドーマーから端末を借りて喋っている。
「手術は無事終わった。患者は驚異的な体力の持ち主だ。局所麻酔で肺洗浄を行ったが、気絶せずに耐えていた。」
「では、あの時目覚めたまま意識を保って?」
「うん。まだ口は利けないし、手足も殆ど動かせないのだがな、目で意思伝達をしてきたので、私が簡単に施術方法の説明をして、承諾するかと尋ねたら、瞬きの回数でイエスと答えた。
今夜は・・・もう朝だが、これで終わりだ。患者をジェル浴室から隔離室に移す。菌がまだ潜んでいる恐れがあるから、これから一週間観察する。申し訳ないが、暫く面会謝絶とさせてもらう。リン長官に報告するのはそれからだ。」
皮肉だが、リン長官はドーマー交換に適材を選んだとも言える。
ケンウッドは中央研究所に向かい、自身の研究室に入った。自分の仕事は最近手つかずのままで、助手に任せっぱなしだ。助手達は何も言わない。コロニー人の博士がドーマーのために走り回っているのだから、ドーマーの助手は文句を言わないのだ。
ケンウッドの研究室は地球時間制を採用して夜は休むのだが、1人だけ残って論文を作成していた。若いコロニー人の学者で、地球で大学論文を書いているのだ。彼はケンウッドが部屋に入ってくると振り返った。
「先生、今日は夕方から医療区が騒々しいと噂になっていますが、遺伝子管理局の局長に何かあったんですか?」
ケンウッドは、秘密にするつもりはなかったが、別に、と言ってしまった。夜が明ければ医療区から公式に発表があるだろう。ハイネが生き延びたか、そうでなかったか・・・。
この若い弟子は、元気だった頃のハイネを見たことがない。だが、コロニーに居た頃にテレビ中継されたアメリカ・ドームの春分祭を見たことがあった。これは男性執政官達が女装して、ドーマー達が誰が一番美人か投票をする馬鹿騒ぎだ。ケンウッドは初めて女装させられた時は恥ずかしくて小さくなってしまったが、回を重ねると慣れてしまった。
それにテレビカメラは主に幹部を追いかけるし、一番の目的は女装した科学者達ではなく、美しい地球人の姿を撮影することだとわかったからだ。カメラマンの趣味も影響するが、必ずどの年もテレビはローガン・ハイネ・ドーマーを捜し、追いかけていた。ハイネは短いインタビューには応じるが、あまりテレビクルーがしつこいと人混みの中に逃げ込んでしまう。若い弟子は、2年前の放映で、人波の中に消えて行く白い髪のドーマーを見て、地球へ行ってみたくなったと言っていた。
この男が本物を見て、実際に言葉を交わせる日が来れば本望だろう。
ケンウッドは疲れていたが、机の上を整理して、書類を2,3片付けた。その間に弟子は論文に一区切り付けて、おやすみなさい と言ってアパートに帰っていった。
ケンウッドはお茶を淹れ、また机の前に座って、ちょっと目を閉じた。
そのまま眠ってしまったらしい。端末の着信音で目が覚めて、慌てて顔を上げると2時間ほど経っていた。電話はグレゴリー・ペルラ・ドーマーからだった。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
「いや・・・研究室でうたた寝していただけだ。君はまだ医療区か?」
「はい。たった今、手術が終わりました。」
ドキンっと胸が鳴った。ケンウッドは端末を持つ手に力を入れた。
「どうなった?」
「多分、順調です。」
「多分?」
「部屋の中の音声が全く聞こえないので・・・」
「ハイネは?」
「ヤマザキ医師が抱えて何か言ってます。医師はマスクを外してますね。他の人々はまだ装着したままですが。」
「医師が患者を抱えているとは、どんな体勢だ?」
「ヤマザキ医師はベッドの上に上がって、局長を膝の上で横抱きにしています。局長の背中をさすっています。あっ!」
「なんだ?」
ペルラ・ドーマーが大声を出したので、ケンウッドは一瞬うろたえた。ペルラ・ドーマーが「すみません」と謝った。
「局長が何か吐き出しました。看護師がジェルとペールで受け止めて飛散を防ぎました。ヤマザキ医師は局長の肺から残った洗浄液を吐かせている様です。」
「機械で吸引するんじゃないのか?」
「吸引はしました。今のは局長自身の体が不要な物を捨てたみたいです。」
あの衰弱した体で嘔吐はかなり体力を消耗するだろう、とケンウッドは心配になった。その時、電話から聞こえてくる声が変わった。
「ニコラスか?」
サム・コートニー医療区長だ。ペルラ・ドーマーから端末を借りて喋っている。
「手術は無事終わった。患者は驚異的な体力の持ち主だ。局所麻酔で肺洗浄を行ったが、気絶せずに耐えていた。」
「では、あの時目覚めたまま意識を保って?」
「うん。まだ口は利けないし、手足も殆ど動かせないのだがな、目で意思伝達をしてきたので、私が簡単に施術方法の説明をして、承諾するかと尋ねたら、瞬きの回数でイエスと答えた。
今夜は・・・もう朝だが、これで終わりだ。患者をジェル浴室から隔離室に移す。菌がまだ潜んでいる恐れがあるから、これから一週間観察する。申し訳ないが、暫く面会謝絶とさせてもらう。リン長官に報告するのはそれからだ。」