2018年3月10日土曜日

泥酔者 1 - 4

「ネピア・ドーマーから先ほど苦情が来ました。」
「苦情?!」

 ケンウッドは眉を顰めた。ネピアは遺伝子管理局の局長第一秘書だ。前任者のジェレミー・セルシウス・ドーマーが寄る年波で引退して第一秘書に昇格したのが半年前。元外勤務の局員で、年齢的に体力の限界を感じて内勤に移動した後、秘書に採用された。生真面目でお固く、若いドーマーやコロニー人がふざけたりすると機嫌を損ねる。さらに熱烈な局長ファンで、少しでも局長の邪魔をする人間には敵意を示す。長官のケンウッドでさえ、ハイネの仕事中に電話をかけるとネピアに邪険にあしらわれるのだ。
 ネピアの気に障ることをしただろうか、とケンウッドが不安になるのも無理はない。するとブラコフはケンウッドが予想しなかったことを言った。

「ハイネが文句を言っていたそうです。新任の学者が来るなら、必ず知らせて欲しい、と・・・」
「ええ?」

 ケンウッドは困惑した。

「何の話だ?」
「僕も訳が分からず、何のことかと訊きましたよ。」
「何のことだ?」
「それが、ネピアもよく把握出来ていない様で・・・兎に角ハイネ局長が貴方を名指しで文句を言っていると・・・」
「新任の学者が来る、とハイネは言ったのか?」
「ネピアの言葉を正確に言えば、『新任の学者が来たのならば、事前に知らせて欲しい』・・・」

 ケンウッドとブラコフは互いの顔を見合った。

「新任の学者が来たのか?」
「ハイネがそう言っているみたいですが?」
「君は知らないのだな?」
「先生もご存知ない?」

 その時、秘書机のコンピュータから呼び出し音が聞こえた。ブラコフが素早く席を立ってそちらへ行った。誰かが秘書に電話をかけている。端末ではなくコンピュータと言うことは秘書が長官執務室にいることを前提とした業務連絡だ。ブラコフは慣れた手つきで受信ボタンを押した。

「長官執務室だ。秘書は現在どちらも不在だ。」
「ああ・・・副長官!」

 画面に現れたのは、中央研究所ロビーのレセプション係のドーマーだった。彼はホッとした表情で言った。

「長官と副長官お揃いですね?」
「いかにも・・・」
「レイモンド・ハリスさんと言う方がお見えです。今日から当ドームで勤務されるとか・・・」

 音声はケンウッドの耳にも聞こえた。ケンウッドは「横取り」ボタンを押して、通話に割り込んだ。

「今日からドームで勤務すると言ったか?」
「はい、本人がそう言っています。ここに・・・あっ! 行っちゃいました・・・」

 ケンウッドは急いでロビー監視映像を呼び出した。画面の左半分にロビーフロアの映像が現れた。1人のセーター姿の男がエレベーターに乗り込むところだった。
 ケンウッドは画面右半分の中にいるレセプション係に言った。

「こっちに来るだろうから、対処するよ、有り難う。」