2018年3月13日火曜日

泥酔者 2 - 2

 レイモンド・ハリスが薄ら笑いを浮かべた。

「へぇ? 私のことをご存知ですか?」
「ええ・・・早速ドームニュースにアップされていますよ。」

 アナトリー・ギルはニュース画面を端末に出して、掲げて見せた。

「新執政官、勇み足! 来月着任予定のレイモンド・ハリス博士がどう言う理由からかアメリカ・ドームに1ヶ月も早くご到着された。予約なしの御逗留はドーマー達にも余計な仕事を与える結果となり、行政組織は迷惑している様子・・・」

 これはコロニー人社会の情報サイトだが、ドーマーも見ることが出来るアメリカ・ドーム限定ネットで配信されている。食堂内に居たドーマーやコロニー人達がギルの言葉を耳にして銘々サイトを開き始めた。
 ハリスの顔が赤くなった。

「私の行動が迷惑だって?」
「だって予定なしで来られた訳ですよね? ここ、ドームでは予定のない来訪者は送迎フロアで足止めが決まりなんです。」
「私はここへ越して来たのだから、通してもらえたんだ。」
「そりゃ、荷物抱えた人を送迎フロアで寝泊まりさせられませんからね。ゲートの保安課も困ったことでしょう。」

 ギルはハリスがレインに目をつけたと思い込んだので、牽制しているのだ。特に目的があって絡んでいるのではない。ハリスがムキになって言い返すのが面白い、一種のいじめの心理状態になっていた。

「ゲストハウスにお泊まりのようだが、執政官のアパートにはまだ入れてもらえない訳ですね。ケンウッド長官は貴方が本気でここで働く意思があるのか見極めてからアパートを用意されるのかも知れません。」
「君は・・・」

 ハリスがギルの態度に抗議をしようとした時、女性の声が割り込んだ。

「そんなところで言い合いをするのは止めて下さいます? 邪魔なんですけど?」

 レインは振り返った。ギルも振り返った。ゲストハウス係も振り返った。そして慌てて数歩後ろへ退がった。出産管理区長アイダ・サヤカと見知らぬ女性が立っていた。
 アイダ・サヤカは前任者キーラ・セドウィック博士と共に多くのドーマーを新生児の中から選出した責任者だ。現在アメリカ・ドームの中にいる40代より若いドーマーは殆どこの2人に選ばれたのだ。ドーマーの母と呼んでも良いぐらいだ。ドーマーは精神的に彼女には逆らえない・・・。そして執政官も同様だった。彼女はドームの権力者の1人だ。
 丸顔の柔和な顔のアイダ博士の後ろに立っているのはすらりと背の高い綺麗な女性だった。年齢はアイダより少し若いだろうか。レインは彼女をどこかで見たような気がしたが、どこだったか思い出せなかった。
 アイダ博士は言い合いをしていたギルとハリスを交互に睨み、低い声で言った。

「ドーマーの前でみっともない。慎みなさい。」

 そして後ろの女性に「行きましょう」と囁いて食堂に入って行った。