2018年3月3日土曜日

脱落者 14 - 1

 ヤマザキ・ケンタロウは、アーノルド・ベックマン保安課長が余計なことをした、と内心悔やんでいた。
 セシリア・ドーマーとの面会を早朝に設定していたので、彼はかなり早い時間に観察棟に出向いた。ローガン・ハイネはまだ傷が完治していないので、毎朝診察が必要なのだ。彼が訪問した時、ハイネは起きて保安課が用意した朝ご飯を食べていた。
 観察棟は本来収容された違法クローンの子供達を治療・観察する場所だ。違法クローンはメーカーと呼ばれるモグリのクローン製造業者の未熟な技術や不完全な設備で生まれたので、健康上の問題を抱えていることが多い。多くは成人前に死んでしまうのだ。ドームに収容されている子供達は、出来るだけ人間として長く生きられるように治療を施され、刑務所に収監された親が刑期を終える迄教育を受けたりして暮らしている。
 観察棟の規則として、収容者は寝巻きを着せられ、病院食を出される。ハイネは幽閉時代は私服で普通の食事も偶に出してもらっていたが、今回は一時的な収容なので、寝巻きにお粥だ。但し不機嫌なのは、そのせいではない。

「頭痛がします。」

と彼は端末で走査診断をしているヤマザキに訴えた。ヤマザキは原因を知っていたが、ベックマン課長の為に誤魔化した。

「休養が必要な体なのに、無理な姿勢で寝たからだよ。」

 ハイネは長身なので、少年用のベッドは少し小さくて体を縮めて寝ていたのだ。彼は納得しなかった。

「筋肉痛ではありません。頭痛です。脳の血管が収縮するみたいな・・・」

 人生経験豊かなドーマーは医師をグッと見つめた。

「まさか、ドクターが睡眠薬を盛ったのではないでしょうな?」
「そんなことはしないよっ!」

 ヤマザキは慌てて否定した。彼は前科がある。ハイネのアパートで酒盛りをした時に、彼に大酒をして欲しくなくて眠らせたのだ。その結果、翌日のハイネは不機嫌でケンウッドに当り散らした。犯人がヤマザキだと判明した後4、5日はハイネは彼を無視したのだ。

「僕が君の収容を知ったのは、君の晩御飯が終わった後だ。」

 ハイネの青みがかった薄い灰色の目がヤマザキ・ケンタロウの目をじっと見つめた。ヤマザキは負けじと見つめ返した。1分後、ハイネが先に折れた。

「わかりました、貴方は無実の様だ。」

 彼はテーブルを離れた。

「シャワーを浴びます。女性に面会するのですから、身ぎれいにしておかないとね。」