2018年3月10日土曜日

泥酔者 1 - 5

「レイモンド・ハリス?」

 ブラコフが端末で調べた。

「ああ・・・ここで働くのは来月からの予定ですが・・・?」
「来月?」

 だからケンウッドの意識の中になかった人物だったのか。一体どんな人なのか、それにハイネとどんな遭遇をしたのか?
 ケンウッドはハリスの情報を素早く検索した。学歴と職歴が得られたが、それをじっくり読む前にドアのチャイムが鳴った。
 ブラコフがドアを開けた。

「ハリスと言います、火星のコロニーから来ました。」
「お話は伺っています。どうぞ、中へ。」

 ブラコフは来星の日時が違うとは言わずに彼を中へ通した。ケンウッドはボサボサ頭で無精髭を生やした中肉中背の男を見た。合繊セーターは古く、パンツもくたびれていた。これはファッションなのだろうか、それとも服装、身だしなみに無頓着な人なのだろうか。
 ケンウッドは立ち上がった。

「レイモンド・ハリス博士?」
「そうです、ケンウッド長官ですね?」

 ハリスが無遠慮に手を差し出した。ケンウッドは仕方なく握手に応じた。そして思った。ハイネはこの男と素手で握手したのだろうか? ハリスの手は乾いていた。
 ケンウッドはブラコフに視線を向けて紹介した。

「副長官のブラコフ博士だ。」

 ハリスがハッとした表情でブラコフを振り返った。そしてブラコフと視線を合わせると笑顔を作った。

「副長官でしたか! お若いのでてっきり秘書かと思いました。失礼しました。」

 ブラコフは軽く会釈しただけでハリスのそばに来なかった。代わりに言った。

「慣例として、IDを提示していただけますか?」

 副長官なので他のコロニー人は皆部下になるのだから、もっと偉そうに喋っても構わないのだが、謙虚な男だ。しかし口調は相手に逆らうことを許さない響があった。
 ハリスが薄笑いとも取れる微笑みを浮かべた。

「用心深いことは良いことですね。テロの被害を受けられたのですから、無理もありません。もうお怪我はよろしいのですね?」

 ケンウッドはブラコフがムッとするのを感じた。ブラコフはテロがまた起きることを心配して言ったのではない。規則を守らせようとしただけだ。規則を守ってもらえないなら、ドームで働いてもらっては困る。規則を守れない人間は地球人から反感をもたれる。1人が反感を買えば、他のコロニー人も地球人から反感を買う恐れが出てくる。コロニー人全員が危険を感じることになる。
 ブラコフは硬い表情で言った。

「これは委員会発足当時からの規則です。提示をお願いします。」