2018年3月4日日曜日

脱落者 15 - 5

 ローガン・ハイネ・ドーマーが一般食堂で昼寝をしている。そんな噂がドーム内を駆け抜けた。遺伝子管理局長はケンウッド長官とヴェルティエン新副長官と共に昼食を取りに来たが、食事が終わって執政官2人が食堂を出て行った後も1人残って、椅子に座ったままうつらうつらし始めたのだ。局長は大怪我をして、退院してからまだ日が浅い。食堂スタッフが心配して様子を伺いに近づくと、局長は薄眼を開けて、ジロリと目蓋の下から睨んだ。
 若いピート・オブライアン・ドーマーと言う厨房スタッフは果敢にも局長に声を掛けた。

「局長、そんな場所でお休みになられたら、却ってお体に良くありませんよ。」
「お気遣い有り難う。」

 ハイネは目を閉じて言った。

「時間調整をしているだけだから、お構いなく。」

 オブライアンがお辞儀して立ち去ろうとすると、彼は言い足した。

「3時になったら、レアチーズケーキにラズベリーソースを掛けて、カフェイン抜きのコーヒーにミルクと砂糖を入れて持って来てくれないか?」

 ここはセルフサービスだ、と言おうとして、オブライアンは相手が誰か思い出した。ハイネが自ら配膳コーナーへ取りに行けば、チーズケーキは一瞬のうちになくなる・・・。
若い料理人は恭しく答えた。

「承知しました、3時にお持ちします。」

 彼が立ち去って半時間後、ポール・レイン・ドーマーと北米南部班チーフ、フレデリック・ベイル・ドーマーがやって来た。ベイルはチーフとして10年以上働いてきたのだが、そろそろ抗原注射の飽和が近づきそうな気配で、最近は自ら外勤務をセーブしていた。ドームの外で発作が起きれば命取りになりかねない。外の地球人はドーマーの体に何が起きたのかわからないのだから。50歳と言う年齢は、外勤務をする局員にはそろそろ限界なのだ。ハイネはベイルの髪に白いものが混じっているのに気が付いた。

「レインが局長とセルシウス・ドーマーの会話に気になる話があったと申しましたが?」

 座るなりベイルが切り出した。ハイネがレインを見たので、レインは仕方なくきっかけを捻り出した。

「昨晩、浴場でお話しされていましたよね? セルシウス・ドーマーが住民登録と遺伝子登録の照合で気になるデータを見つけられたとか?」

 ベイルが気が削がれた様な表情をした。たったそれだけでわざわざ病み上がりの局長を呼び出したのか? しかし、真の言い出しっぺの局長は、部下が聞きたい情報を素直に出してきた。

「この1、2年で中西部での成人登録申請が8件もある。」
「成人登録ですか?」

 ベイルが表情を引き締めた。成人登録申請は、違法クローンが18歳になって正規の人間としての権利を得る目的で出す法律上の手続きだ。違法クローンが医療機関の世話にならずに成人する迄生きられるのは珍しい。18年間、バレずに生きて来たのだ。遺伝子管理局の目を欺いて。
 レインも重要性に気が付いた。成人登録申請を堂々と出せるクローンを作る技術を持つメーカーがいるのだ。クローンの子供を大事に守って育てられる財力を持つ人間がいて、その支払い能力を利用しているメーカーがいる。
 レインは尋ねた。

「その子供達の遺伝子はどうなっています?」
「申請した親の遺伝子を継いでいる。完璧なクローンだ。健康障害も出ていない。」
「ドームのクローンと同じですか?」
「ドームのクローンは受精卵から作る。違法クローンは男性の体細胞から作る。同じではない。」
「体細胞クローンは親が作った時の親の年齢が受け継がれます。だから成人迄生きるのが難しい。」
「恐らく生殖細胞から作っているのだ。」
「男性単体で繁殖出来ません、脊椎動物は無理です。」

 しかし、ハイネは部下達を見比べて言った。

「無理ではない、女性の卵細胞を使って、受精させずに男性のクローンを作るのだ。そうすれば、父親の遺伝子をそっくり持った健康状態が良好な子供を得られる。」
「それは・・・メーカーの設備では無理でしょう? 技術だって、そこまで到達していない。」

 レインはハイネが何も返さないのに、何かを言いたげな目をしたことに気が付いた。しかし、ハイネは結局何も言わずに、ベイルにメーカーの存在を確認するようにと指図しただけだった。