2018年3月27日火曜日

泥酔者 3 - 6

  ヤマザキはハイネの顔をまじまじと見つめた。ハイネは視線を彼から外し、横の壁を見ていた。ヤマザキは予想しなかった考えに至って、ハッとした。

「ハイネ・・・まさか君はサヤカに本気で・・・」

 誰も想像すらしなかった。アイダ・サヤカは積極的にハイネに触れたり、声を掛けたりしていたが、それは遺伝子管理局長が彼女の一番身近な仕事関係の人物の1人だったからだし、ハイネも全く気にしていなかったので、地球人保護法なんて野暮なことを言い出す人がいなかった。ローガン・ハイネは女性がいくら触っても気にしない、それがアメリカ・ドームの「常識」だった。彼がアイダ・サヤカにどんな感情を抱いているか、誰も想像したことがなかった。それにアイダはハイネがお気に入りだった前任者キーラ・セドウィックとはタイプの異なる女性だ。
 コロニー人だったら、アイダ博士が退官して故郷に戻っても、また会えるし、通信で近況を語り合うことも出来る。しかしドーマーは宇宙に去ってしまった人々の消息を知ることを許されていない。地球人が宇宙へ出かけることが許されていないから・・・

 全く理解出来ない法律だ・・・

 ヤマザキはブランデーをゴクリと飲み込んだ。地球人が女子を生めないと言うだけでまるで病原菌みたいな扱いだ。

 いっそのこと、コロニー人と混ぜてしまえば解決するんじゃないのか?

 ハイネが沈黙していることに気が付いて正面を見ると、地球人は思いつめた表情をしており、ヤマザキはギョッとした。ローガン・ハイネが彼に尋ねた。

「遺伝子管理局長は結婚したい時、誰に妻帯許可を貰えば良いのですか?」
「え?・・・はぁ?!」

 ヤマザキは思わず間の抜けた声を出してしまった。

「妻帯許可って・・・ハイネ、君は、まさか・・・本気か?」
「冗談でこんなことを尋ねませんよ。」
「しかし・・・サヤカはコロニー人だぞ?」
「地球人保護法では、地球人からコロニー人に求婚することは認められています。」
「・・・そうだったかな・・・?」
「コロニー人が地球永住権を得ることが条件ですが・・・」
「それは・・・コロニー人が宇宙に出る権利を放棄することだ。もしサヤカが地球永住権を得たら、彼女は子供にも孫にも会えなくなる。」

 言ってしまってから、ヤマザキはちょっぴり後悔した。ローガン・ハイネは娘を宇宙に帰してしまった。消息を知ることはヤマザキやケンウッドを通して可能だが、実際に会うことはない。そして、ドーマーとして育ったこの男は、それをあまり苦にしていない。
 ヤマザキは辛抱強く説明した。

「君がサヤカと二度と会えなくなるのが嫌だと思うなら、彼女が子供や孫と二度と会えなくなるのは嫌だと思うことを理解出来るだろう?」

 ハイネが黙り込んだ。そして不意に立ち上がると、酒瓶が並ぶ棚の前へ歩いて行った。飲むつもりか? ヤマザキも立ち上がった。今夜はハイネを1人残して帰れない、と彼は思った。飲ませないようにしなければ。飲んでも解決出来ないのだから。
 ハイネの手が1本の壜に伸びた。ヤマザキがそれを抑えた。ハイネが固い表情でふり返ったので、彼は言った。

「先ず、サヤカの気持ちを聞こう。君が彼女を想っていたなんて僕は知らなかった。彼女も知らない筈だ。」