2018年3月24日土曜日

泥酔者 3 - 2

 ガブリエル・ブラコフは火星第1コロニーにある個人病院セドウィック・メディカル・クリニックを訪問した。院長のロナルド・セドウィックは彼の大学の先輩で、ロナルドの姉キーラ・セドウィックはアメリカ・ドームで30年間出産管理区で働き、区長まで務めた人だ。ロナルドはブラコフを歓迎し、少し離れた所に住んでいる姉夫婦を呼んでくれた。
キーラ・セドウィックは夫のヘンリー・パーシバルと共に嬉々としてブラコフに会いにやって来た。キーラがドームに勤務していた時、ブラコフはまだニコラス・ケンウッド博士の助手に過ぎなかった。しかしケンウッドが長官に就任した時、副長官に抜擢されたのだ。
 キーラの夫ヘンリー・パーシバルは神経細胞研究の第一人者で、元アメリカ・ドーム執政官だ。ケンウッドとは大の親友で、ヤマザキ・ケンタロウ医療区長とローガン・ハイネ遺伝子管理局長とも親友だ。地球の重力に心筋をやられる重力障害と言う病気で退官を余儀なくされた後、キーラと結婚した。夫婦で月に住んでいたのだが、子供が出来たので教育の為に火星コロニーに帰省して10年暮らしていた。
 パーシバルはまだ地球人類復活委員会に籍を置いているが、子供が10歳になる迄養育権を持つ保護者は宇宙空間に出てはならないと言う法律に従って、火星の支部で働いている。

「そろそろ月の本部に戻ってこいと話が来ているんだ。」

とパーシバルはブラコフを歓迎する食事会で言った。

「神経科の医者はちゃんといるのだが、地球人とコロニー人の軋轢があるドームに巡回診察に行くのを渋っているらしいんだ。」
「ドーマーを怖がっている、と言うことですか?」
「そうらしいね。人間同士なのだから、怖がる必要はないのになぁ・・・」
「それ、どこのドームです? アメリカではないですよね?」
「オセアニア・ドームだよ。」
「あそこ、問題が多くないですか? ドーマーの扱いが下手なのかなぁ?」
「ドーム幹部の管理体質の問題でしょう。」

とキーラが新しい料理を運んできて、テーブルに置いた。チーズの香りが室内に広がった。ロナルドが鼻をヒクヒクさせた。

「お袋の得意料理だな。」
「チーズを挟み込んだカツレツですね! ハイネの好物だ。」

 ブラコフの言葉に、ロナルドが苦笑した。

「そう・・・地球の王子様の好物らしいね。お袋はこれしか作れないんだけどね。」

 パーシバルが取り分けながら尋ねた。

「君はドームを退官することを後悔しないか?」
「ええ・・・もう決心したことです。僕は地球を救えないが、テロの後遺症で苦しむ人の助けにはなれると思います。」

 キーラが彼の顔を見て微笑んだ。

「本当にすっかり綺麗な顔を取り戻したのね。」
「ケンウッド博士とパーシバル博士、ヤマザキ博士のお陰です。それにハイネ局長が命を助けてくれたのです、存分に生きないと叱られます。」

 ブラコフは憧れのハイネによく似たキーラを見つめて少し頰を赤らめた。