ケンウッドが電話を終えるとブラコフが心配そうに呟いた。
「局長はキスされたことに気が付いていないのですね。」
大切なものを汚された気分なのだろう。ケンウッドはハイネが傷物になった訳でもあるまいに、と思ったが、彼とて親友に悪さをされた様な気分で気持ちの良いことではなかった。
言葉通り1時間後にハイネ局長が執務室に現れた。事前にブラコフには余計なことを言わない様にと言っておいたケンウッドは、昼前の打ち合わせ以来の再会に挨拶をしてから、局長に尋ねた。
「もしかして、芝生で昼寝をしたかね?」
「しましたが・・・?」
ハイネがそれ以上言う前にケンウッドは自分の頬に手を当てて、
「君の頬が少し汚れている。休憩スペースに消毒用ティッシュがあるから拭いて来なさい。」
と言った。ハイネが昼寝の後で顔を洗ったかも知れないと微かに思ったが、真面目な顔で注意を与えると、ハイネは「そうですか」と言って休憩スペースに歩いて行った。
「誰もそんなことを言いませんでしたが?」
「君に遠慮したのだろう。目立たない汚れだ。ジロジロ見て確認するのも失礼だろうしね。念のため両方の頰を拭いておくと良い。」
ハイネはそれ以上何も言わずに素直にティッシュを取って顔を拭いた。ブラコフがホッと肩の力を抜いた。これで局長は汚れを落とし綺麗な状態に戻った、そんな気分だ。
ハイネが面会の時の彼の席に着いた。ケンウッドはそれで一月早くやって来た学者の説明をした。
「今日、君が苦情を言ってきた学者は、レイモンド・ハリスと言う遺伝子学者だ。紫外線が染色体に与える影響を研究している。本当は来月ドームに来ることになっていたので、君にまだ告げていなかった。ところが、彼は何を思ったか、火星での仕事を早々に退職して住む場所も引き払い、地球へ降りて来たのだ。追い返す訳に行かないので、正式な着任まで地球人保護法の勉強をさせてドームのルールを教え込むつもりだ。君への挨拶は今日中に済ませておいた方が良いだろうかね? それとも少しここに慣れさせた方が良いか?」
ところがハイネは不愉快そうな表情をした。
「挨拶は結構です。もう出会いましたから。」
ケンウッドは思わずブラコフを見た。ブラコフも心なしか青ざめて見えた。ハイネはキスされたことに気が付いたのか?
ケンウッドは努めて平静を装った。
「会った? 何処で?」
「庭園で。」
ハイネは不愉快な表情を維持したまま言った。
「あの男の鼾で心地よい夢を中断させられたのです。私が目を覚ましたら、彼は私の真横で寝ていたのですよ。」
またもやブラコフが固まった。ケンウッドが確認した。
「彼は君に添い寝したのか?」
「無断でね。」
遺伝子管理局長はハリスの無礼がケンウッドやブラコフの関知するところでないことは承知していたので、ここで駄々をこねることはしなかった。
「騒がないことにしています。私が騒げば、ゲート係が彼を通した責任を問われます。本来なら予定のない訪問者は送迎フロアで足止めの筈です。彼は引越しの荷物を持っていたので、通されたのです。まっすぐここへ来るべきなのに、庭園で寄り道したのでしょう。」
大人の対応でハイネは言った。
「彼は私を見たのですから、もう挨拶の必要もないでしょう。遺伝子管理局本部に彼を入れないで下さい。」
「局長はキスされたことに気が付いていないのですね。」
大切なものを汚された気分なのだろう。ケンウッドはハイネが傷物になった訳でもあるまいに、と思ったが、彼とて親友に悪さをされた様な気分で気持ちの良いことではなかった。
言葉通り1時間後にハイネ局長が執務室に現れた。事前にブラコフには余計なことを言わない様にと言っておいたケンウッドは、昼前の打ち合わせ以来の再会に挨拶をしてから、局長に尋ねた。
「もしかして、芝生で昼寝をしたかね?」
「しましたが・・・?」
ハイネがそれ以上言う前にケンウッドは自分の頬に手を当てて、
「君の頬が少し汚れている。休憩スペースに消毒用ティッシュがあるから拭いて来なさい。」
と言った。ハイネが昼寝の後で顔を洗ったかも知れないと微かに思ったが、真面目な顔で注意を与えると、ハイネは「そうですか」と言って休憩スペースに歩いて行った。
「誰もそんなことを言いませんでしたが?」
「君に遠慮したのだろう。目立たない汚れだ。ジロジロ見て確認するのも失礼だろうしね。念のため両方の頰を拭いておくと良い。」
ハイネはそれ以上何も言わずに素直にティッシュを取って顔を拭いた。ブラコフがホッと肩の力を抜いた。これで局長は汚れを落とし綺麗な状態に戻った、そんな気分だ。
ハイネが面会の時の彼の席に着いた。ケンウッドはそれで一月早くやって来た学者の説明をした。
「今日、君が苦情を言ってきた学者は、レイモンド・ハリスと言う遺伝子学者だ。紫外線が染色体に与える影響を研究している。本当は来月ドームに来ることになっていたので、君にまだ告げていなかった。ところが、彼は何を思ったか、火星での仕事を早々に退職して住む場所も引き払い、地球へ降りて来たのだ。追い返す訳に行かないので、正式な着任まで地球人保護法の勉強をさせてドームのルールを教え込むつもりだ。君への挨拶は今日中に済ませておいた方が良いだろうかね? それとも少しここに慣れさせた方が良いか?」
ところがハイネは不愉快そうな表情をした。
「挨拶は結構です。もう出会いましたから。」
ケンウッドは思わずブラコフを見た。ブラコフも心なしか青ざめて見えた。ハイネはキスされたことに気が付いたのか?
ケンウッドは努めて平静を装った。
「会った? 何処で?」
「庭園で。」
ハイネは不愉快な表情を維持したまま言った。
「あの男の鼾で心地よい夢を中断させられたのです。私が目を覚ましたら、彼は私の真横で寝ていたのですよ。」
またもやブラコフが固まった。ケンウッドが確認した。
「彼は君に添い寝したのか?」
「無断でね。」
遺伝子管理局長はハリスの無礼がケンウッドやブラコフの関知するところでないことは承知していたので、ここで駄々をこねることはしなかった。
「騒がないことにしています。私が騒げば、ゲート係が彼を通した責任を問われます。本来なら予定のない訪問者は送迎フロアで足止めの筈です。彼は引越しの荷物を持っていたので、通されたのです。まっすぐここへ来るべきなのに、庭園で寄り道したのでしょう。」
大人の対応でハイネは言った。
「彼は私を見たのですから、もう挨拶の必要もないでしょう。遺伝子管理局本部に彼を入れないで下さい。」