2018年3月4日日曜日

脱落者 15 - 2

 ポール・レイン・ドーマーはやっと班チーフ会議で北米南部班に復帰することが決まり、しかも第4チームのリーダーに任命された。南部班復帰は嬉しいが、リーダーは思った以上に忙しく、またダリル・セイヤーズ・ドーマー捜索の時間が遠のいていく。
 人生とは上手く行かないもんだと思いながら、彼はある日の夜遅く、業務を終え、ジムで夕食後のトレーニングをしてから浴場に行った。サウナは満員だった。丁度保安課の日中当番が業務を終えて一斉にやって来たのだ。ここでも上手く行かないもんだ、と心の中で愚痴りながら、彼はジャグジーに行った。保安課と同席するのは嫌いではないが、座るスペースがなかったのだ。
 ジャグジーは空いていた。少し早い時刻だったらここも満員だっただろう。レインがお湯のそばに来た時は、1人しか浸かっていなかった。先客の真っ白な頭を見て、レインはドキリとした。本当に・・・今日はついていない・・・。

「こんばんは」

 声を掛けてお湯に入ると、相手も返事をしてくれた。微温い温度のお湯に浸かって、ぼーっと空を眺めているその人に、レインは話しかけてみた。

「お身体の具合はいかがですか?」

 ローガン・ハイネがゆっくりと首を動かして彼を振り返った。

「調子は良いよ、やっと運動の許可が下りたのさ。お気遣い、有難う。」

 彼の白い肌の胸の下に、赤いイビツなU字型の傷痕が見えた。全て完璧な美しさのハイネの体に、傷が付いている。レインは思わず尋ねてしまった。

「その傷痕、整形で消せるんじゃないですか?」

 ハイネがチラリと自身の胸を見下ろした。そして顔を上げてレインを再び見た。

「傷痕の一つぐらい付いていても構わないだろう? 寧ろ野性味があってかっこいいじゃないか。」

 口角を上げて、悪戯っ子の様に微笑んで見せたので、レインも思わず微笑した。そして思った。

 外に出たことがないので真の危険を知らないと思われるのが、この人のコンプレックスなのかも知れないな・・・

「でも、普段は服の下でしょう?」
「見せびらかすものではないし、ロッカールームで皆見ないふりをして見るから、それで良いんだ。」

 ハイネが可笑しそうに言った。

「昔から、皆私が服を脱ぐとそっと観察するのだよ、1本ぐらい黒や赤や茶色の毛が生えていやしないかとね。」
「まさか!」

 レインもつられて笑った。彼が笑うのを止めるのを待って、ハイネが何気ない風に言った。

「君は忙しくて来られないだろうから、住民登録と遺伝子登録の照合をジェレミーと私の2人で続けていたのだが、最近気になるデータが出て来て、どうしたものかと考えている。」

 え? とレインがお湯の中で体を乗り出した。ハイネはすぐに牽制した。

「セイヤーズとは関係ないと思われる。メーカーの方だ。」
「メーカー・・・ですか?」

 レインは努力して落胆を隠そうとした。本来の仕事の方だ。身を入れて聞かなければならない。ハイネは、しかしこう言った。

「寛ぐ場所で仕事の話は野暮だな。明日はまだドームに居るのかね?」
「はい、明後日出動します。」
「では、明日、君の手が空いてからで良いから、チーフに言って、2人で私の部屋に来なさい。ベイルにもまだ話していないのだ。」
 
 レインはちょっと躊躇った。

「局長から俺に直接お話があったと言うのは、チーフを飛ばしたみたいで、良くないですか?」

 するとハイネがクックッと笑った。

「君はそんなつまらないことを気にするのか? ちょっと頭を働かせてみなさい。フレデリック・ベイルが気を悪くしない様な話をすれば良い。」

 彼は片目を瞑って見せた。

「リーダーと言うのは、チーフ候補なのだからな。」